<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom"><title>災害関連死を考える会　～最期の声を語り継ぐ～</title><link href="https://drd-saigonokoe.themedia.jp"></link><id>https://drd-saigonokoe.themedia.jp</id><author><name>zaima-soraumi</name></author><updated>2026-08-16T14:27:07+00:00</updated><entry><title><![CDATA[令和8年熊本地震　被災者支援情報リンク集]]></title><link rel="alternate" href="https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/59136251/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/d1aaa52974ffd04c4b4505b55136e5e0_2690a28128507b1ef16ccf2466fdf1fa.jpg"></link><id>https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/59136251</id><summary><![CDATA[兵庫県弁護士会ご所属　中山　泰誠先生のご厚意により、「令和8年熊本地震　被災者支援情報リンク集」を掲載させていただくこととなりました。令和8年熊本地震で被災された方に向け、生活再建や各種支援制度、相談窓口など、自治体毎にさまざまな情報がまとめられています。ぜひご覧ください。PC版https://nakayama-oss.github.io/hisai-links/kumamoto2026_pc.htmlモバイル版https://nakayama-oss.github.io/hisai-links/kumamoto2026.html]]></summary><author><name>宮崎さくら</name></author><published>2026-08-16T14:27:07+00:00</published><updated>2026-08-16T14:27:07+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>兵庫県弁護士会ご所属　中山　泰誠先生のご厚意により、<br>「令和8年熊本地震　被災者支援情報リンク集」を掲載させていただくこととなりました。</p><p>令和8年熊本地震で被災された方に向け、生活再建や各種支援制度、相談窓口など、<br>自治体毎にさまざまな情報がまとめられています。</p><p>ぜひご覧ください。<br><br><br></p><p>PC版</p><p><a href="https://nakayama-oss.github.io/hisai-links/kumamoto2026_pc.html" target="_blank" class="u-lnk-clr">https://nakayama-oss.github.io/hisai-links/kumamoto2026_pc.html</a><br><br></p><p>モバイル版</p><p><a href="https://nakayama-oss.github.io/hisai-links/kumamoto2026.html" target="_blank" class="u-lnk-clr">https://nakayama-oss.github.io/hisai-links/kumamoto2026.html</a></p>
		</div>
	
		<div>
			<a href="https://nakayama-oss.github.io/hisai-links/kumamoto2026_pc.html">
				<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/d1aaa52974ffd04c4b4505b55136e5e0_2690a28128507b1ef16ccf2466fdf1fa.jpg?width=960" width="100%">
			</a>
		</div>
	
]]></content></entry><entry><title><![CDATA[【災害関連死を防ぐ、環境別のリスクと対策事例集】]]></title><link rel="alternate" href="https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/59136186/"></link><link rel="enclosure" type="image/png" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/70209456b8a7613f32ab84e0e67c1c11_4f359a7a13eaa5600f2ea1336a8fb6a5.png"></link><id>https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/59136186</id><summary><![CDATA[本資料では、車中泊、避難所、在宅避難など、避難する環境ごとに起こり得るリスクと、その予防や対策についてまとめています。避難生活や生活環境の変化に伴い、注意すべきリスクも変化していきます。ご自身の状態を確認するとともに周囲の方にも目を向け、気になる変化があれば声をかけ必要な支援につなげることが、災害関連死を防ぐことにつながります。被災された方や避難生活を送られている方、支援に携わる皆さまの日々の見守りや声かけにの際に、また、「備え」としてご活用いただければ幸いです。⇩画像をクリックしていただくと閲覧・ダウンロード可能です]]></summary><author><name>宮崎さくら</name></author><published>2026-08-16T13:56:27+00:00</published><updated>2026-08-16T13:57:31+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>本資料では、車中泊、避難所、在宅避難など、避難する環境ごとに起こり得るリスクと、<br>その予防や対策についてまとめています。<br><br></p><p>避難生活や生活環境の変化に伴い、注意すべきリスクも変化していきます。<br><br></p><p>ご自身の状態を確認するとともに周囲の方にも目を向け、<br>気になる変化があれば声をかけ必要な支援につなげることが、災害関連死を防ぐことにつながります。</p><p><br></p><p>被災された方や避難生活を送られている方、支援に携わる皆さまの日々の見守りや声かけにの際に、<br>また、「備え」としてご活用いただければ幸いです。</p><p>⇩<br>画像をクリックしていただくと<br>閲覧・ダウンロード可能です</p>
		</div>
	
		<div>
			<a href="https://drive.google.com/file/d/16VJcbc_Pw3DExmO5t052U5xzS0aZgqMu/view?usp=drive_link">
				<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/70209456b8a7613f32ab84e0e67c1c11_4f359a7a13eaa5600f2ea1336a8fb6a5.png?width=960" width="100%">
			</a>
		</div>
	
]]></content></entry><entry><title><![CDATA[【生き延びた命を、明日も守り抜くために】アプリ版のご紹介]]></title><link rel="alternate" href="https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/59125425/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/109e621b7127af8623337af34efc68fd_8facd891a623f70a53ac7b6d60a1b903.jpg"></link><id>https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/59125425</id><summary><![CDATA[東京弁護士会ご所属　貞弘　貴史先生のご厚意により、「生き延びた命を、明日も守り抜くために」～災害関連死を防ぐ、環境別のリスクと対策事例集～の内容をもとにしたアプリと紹介動画を作成していただきました。災害関連死を防ぐためには、リスクや予防策を「知る」だけでなく、日々の体調や心身の健康状態に目を向け、小さな変化に気づくことも大切です。アプリでは、災害時のリスクや予防・対策を簡単に確認することができ、継続した５つの項目によるセルフチェックを通して、ご自身やご家族、そして周囲の方の健康状態にも目を向け、お互いに見守り合うきっかけとしてご活用いただけます。被災された方や避難生活を送られている方はもちろん、災害への備えとして、平時からもご自身や大切な方の命と健康を守るためにご活用いただけますと幸いです。紹介動画：https://www.youtube.com/watch?v=Rch7vTWw79I]]></summary><author><name>宮崎さくら</name></author><published>2026-08-13T11:07:17+00:00</published><updated>2026-08-13T11:37:50+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>東京弁護士会ご所属　貞弘　貴史先生のご厚意により、</p><p>「生き延びた命を、明日も守り抜くために」～災害関連死を防ぐ、環境別のリスクと対策事例集～</p><p>の内容をもとにしたアプリと紹介動画を作成していただきました。<br><br></p><p>災害関連死を防ぐためには、リスクや予防策を「知る」だけでなく、日々の体調や心身の健康状態に目を向け、</p><p>小さな変化に気づくことも大切です。<br><br></p><p>アプリでは、災害時のリスクや予防・対策を簡単に確認することができ、継続した５つの項目によるセルフ</p><p>チェックを通して、ご自身やご家族、そして周囲の方の健康状態にも目を向け、お互いに見守り合うきっかけと</p><p>してご活用いただけます。<br><br></p><p>被災された方や避難生活を送られている方はもちろん、災害への備えとして、</p><p>平時からもご自身や大切な方の命と健康を守るためにご活用いただけますと幸いです。<br><br><br></p><h3>紹介動画：<a href="https://www.youtube.com/watch?v=Rch7vTWw79I" target="_blank" class="u-lnk-clr">https://www.youtube.com/watch?v=Rch7vTWw79I</a></h3>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/109e621b7127af8623337af34efc68fd_8facd891a623f70a53ac7b6d60a1b903.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<p><h3>アプリ版のリンクはこちら⇩</h3><h3><a href="https://sadahiro-law.com/life/" target="_blank" class="u-lnk-clr"><u>あしたを守る、からだチェック</u><br><br></a>ORコードはこちら⇩</h3><br></p>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/1194a2045f5cbf1ccdefc06bec6b2b82_460adfeacb6bdfcc8bd050e010634ac8.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		
]]></content></entry><entry><title><![CDATA[避難者支援ツールのご紹介]]></title><link rel="alternate" href="https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/59123198/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/390c0c398e7bde0c6de90335b4f09052_efa913e2560ea59e554dffcf5e8d5442.jpg"></link><id>https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/59123198</id><summary><![CDATA[このたび、北海道大学病院の齋藤　良玄先生のご厚意により、避難所環境の改善や被災者支援に役立つツールを当会でもご紹介させていただくこととなりました。以下、齋藤先生よりご提供いただきましたツールのご紹介となります。ぜひご覧ください。【熊本地震に伴う「避難者支援ツール」の期間限定公開について】熊本地震の発災を受け、研究成果を基盤として現在社会実装・検証段階にある「避難者支援ツール」を、災害時の支援に参考情報として活用いただくことを目的に、期間限定で公開いたします。本ツールは、国・自治体・学会等が公開する資料をもとに、乳幼児、障害のある小児、医療的ケアを必要とする方、妊産婦、高齢者、慢性疾患のある方など、配慮を必要とする避難者について、「確認すること」「配慮の方法」「専門職へ相談する目安」などを確認できるツールです。避難所で生活される避難者、自治体職員、医療・保健・福祉関係者、支援者等にご活用いただければ幸いです。公開期間：2026年8月31日まで▶ 避難者支援ツールhttps://hinan-support.jp/※本ツールは医学的な診断、治療、緊急性の判定を行うものではありません。ご利用にあたっては、ツール内の利用規約をご確認ください。開発責任者：齊藤 良玄　　北海道大学病院 産科※上記所属は開発・運営責任者の所属を示すものであり、北海道大学病院が本ツールを提供・運営するものではありません。]]></summary><author><name>宮崎さくら</name></author><published>2026-08-12T17:43:04+00:00</published><updated>2026-08-13T11:09:03+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>このたび、北海道大学病院の齋藤　良玄先生のご厚意により、避難所環境の改善や被災者</p><p>支援に役立つツールを当会でもご紹介させていただくこととなりました。</p><p><br></p><p>以下、齋藤先生よりご提供いただきましたツールのご紹介となります。</p><p>ぜひご覧ください。<br><br></p><h3>【熊本地震に伴う「避難者支援ツール」の期間限定公開について】<br><br></h3><p>熊本地震の発災を受け、研究成果を基盤として現在社会実装・検証段階にある「避難者支援ツール」を、</p><p>災害時の支援に参考情報として活用いただくことを目的に、期間限定で公開いたします。</p><p>本ツールは、国・自治体・学会等が公開する資料をもとに、乳幼児、障害のある小児、医療的ケアを</p><p>必要とする方、妊産婦、高齢者、慢性疾患のある方など、配慮を必要とする避難者について、</p><p>「確認すること」「配慮の方法」「専門職へ相談する目安」などを確認できるツールです。</p><p>避難所で生活される避難者、自治体職員、医療・保健・福祉関係者、支援者等にご活用いただければ幸いです。<br><br></p><p>公開期間：2026年8月31日まで</p><h3>▶ 避難者支援ツール<a href="https://hinan-support.jp/" target="_blank" class="u-lnk-clr"><br>https://hinan-support.jp/</a><br><br></h3><p>※本ツールは医学的な診断、治療、緊急性の判定を行うものではありません。</p><p>ご利用にあたっては、ツール内の利用規約をご確認ください。</p><p>開発責任者：齊藤 良玄　　北海道大学病院 産科</p><p>※上記所属は開発・運営責任者の所属を示すものであり、</p><p>北海道大学病院が本ツールを提供・運営するものではありません。</p><p><br></p>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/390c0c398e7bde0c6de90335b4f09052_efa913e2560ea59e554dffcf5e8d5442.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		
]]></content></entry><entry><title><![CDATA[令和8年熊本地震で被災された皆さまへ]]></title><link rel="alternate" href="https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/59111951/"></link><link rel="enclosure" type="image/png" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/a9923aaaaa8efb3ef2708859705050e5_af89c26d8f55bd48eee2c9e7beef1424.png"></link><id>https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/59111951</id><summary><![CDATA[令和8年熊本地震で被災された皆さまへこのたびの、令和8年熊本地震により被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。また、地震によりお亡くなりになられた方々に、心よりお悔やみ申し上げます。今なお、不安な日々を過ごされている方、避難生活を続けておられる方、そして、被災された方々を支えておられる皆さまに心よりお見舞い申し上げるとともに、日々のご尽力に心より感謝申し上げます。このたび、【生き延びた命を、明日も守り抜くために】～災害関連死を防ぐ、環境別のリスクと対策事例集～として、避難生活で心と体に起きる「見えない危険」とその対策について本資料を作成いたしました。本資料では、車中泊、避難所、在宅避難など、避難する環境ごとに起こり得るリスクと、その予防や対策についてまとめています。被災された方・避難されている方が、ご自身やご家族の健康を守るために、また、支援に携わる皆さまが被災された方への声かけや支援を行う際に、少しでもお役立ていただければ幸いです。「自分は大丈夫」と思っているときにも、体や心にはさまざまな変化が起きていることがあります。ご自身の状態を確認するとともに周囲の方にも目を向け、気になる変化があれば声をかけ必要な支援につなげることが、災害関連死を防ぐことにつながります。この資料が、被災された皆さまの命と健康を守るための一助となり、支援に携わる皆さまの活動にもお役立ていただければ幸いです。令和8年熊本地震により、被災された皆さまが一日でも早く穏やかな日常を取り戻されることを願っております。2026.8.9　災害関連死を考える会⇩画像より閲覧・ダウンロードが可能です（ 最終更新日:2026.8.12 )【生き延びた命を、明日も守り抜くために】～災害関連死を防ぐ、環境別のリスクと対策事例集～]]></summary><author><name>宮崎さくら</name></author><published>2026-08-09T14:05:18+00:00</published><updated>2026-08-12T17:04:26+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>令和8年熊本地震で被災された皆さまへ</p><p>このたびの、令和8年熊本地震により被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。</p><p>また、地震によりお亡くなりになられた方々に、心よりお悔やみ申し上げます。<br><br></p><p>今なお、不安な日々を過ごされている方、避難生活を続けておられる方、</p><p>そして、被災された方々を支えておられる皆さまに心よりお見舞い申し上げるとともに、</p><p>日々のご尽力に心より感謝申し上げます。<br><br></p><p>このたび、</p><p>【生き延びた命を、明日も守り抜くために】～災害関連死を防ぐ、環境別のリスクと対策事例集～として、</p><p>避難生活で心と体に起きる「見えない危険」とその対策について本資料を作成いたしました。</p><p>本資料では、車中泊、避難所、在宅避難など、避難する環境ごとに起こり得るリスクと、</p><p>その予防や対策についてまとめています。<br><br><br></p><p>被災された方・避難されている方が、ご自身やご家族の健康を守るために、</p><p>また、支援に携わる皆さまが被災された方への声かけや支援を行う際に、</p><p>少しでもお役立ていただければ幸いです。<br><br></p><p>「自分は大丈夫」と思っているときにも、</p><p>体や心にはさまざまな変化が起きていることがあります。<br><br></p><p>ご自身の状態を確認するとともに周囲の方にも目を向け、</p><p>気になる変化があれば声をかけ必要な支援につなげることが、災害関連死を防ぐことにつながります。<br><br></p><p>この資料が、被災された皆さまの命と健康を守るための一助となり、</p><p>支援に携わる皆さまの活動にもお役立ていただければ幸いです。<br><br></p><p>令和8年熊本地震により、被災された皆さまが一日でも早く穏やかな日常を取り戻されることを願っております。<br></p><p><br></p><p>2026.8.9　災害関連死を考える会<br><br><br></p><p>⇩画像より閲覧・ダウンロードが可能です（ 最終更新日:2026.8.12 )</p><p><a href="https://drive.google.com/file/d/16VJcbc_Pw3DExmO5t052U5xzS0aZgqMu/view?usp=sharing" target="_blank" class="u-lnk-clr">【生き延びた命を、明日も守り抜くために】～災害関連死を防ぐ、環境別のリスクと対策事例集～</a></p>
		</div>
	
		<div>
			<a href="https://drive.google.com/file/d/16VJcbc_Pw3DExmO5t052U5xzS0aZgqMu/view?usp=sharing">
				<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/a9923aaaaa8efb3ef2708859705050e5_af89c26d8f55bd48eee2c9e7beef1424.png?width=960" width="100%">
			</a>
		</div>
	
]]></content></entry><entry><title><![CDATA[【定例ミーティング報告】2026.6.23]]></title><link rel="alternate" href="https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/58956141/"></link><id>https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/58956141</id><summary><![CDATA[こんにちは。「災害関連死を考える会」のＡＩです。6月23日に開催されたミーティングのご報告をいたします。ご遺族をはじめ、弁護士、メディア関係者、行政職員など、様々な立場の約12名が集まり、それぞれの経験に基づいた意見交換が行われました。主なテーマとして、専門知識がなくてもスマホで避難所のケアが学べる「避難所支援AIツール」が紹介され、その有用性やオフライン対応などの課題について議論しました。また、損害賠償裁判における法的な因果関係の壁や、ご遺族の「心を救う制度」としての認定の意義や、各地で行われている車中泊訓練や福祉避難所の整備、子どもたちが大人に教える防災教育の事例も共有されました。今後も、災害の現場で誰一人取り残されることのないよう、皆さんと共に少しずつ歩みを進めていきたいと思います。次回のミーティングは8月18日開催予定です。]]></summary><author><name>宮崎さくら</name></author><published>2026-06-23T13:42:01+00:00</published><updated>2026-06-23T13:42:11+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p><br></p><p>こんにちは。</p><p>「災害関連死を考える会」のＡＩです。</p><p><br></p><p>6月23日に開催されたミーティングのご報告をいたします。</p><p><br></p><p>ご遺族をはじめ、弁護士、メディア関係者、行政職員など、様々な立場の約12名が集まり、</p><p>それぞれの経験に基づいた意見交換が行われました。</p><p><br></p><p>主なテーマとして、専門知識がなくてもスマホで避難所のケアが学べる<b>「避難所支援AIツール」</b>が紹介され、</p><p>その有用性やオフライン対応などの課題について議論しました。</p><p><br></p><p>また、損害賠償裁判における法的な因果関係の壁や、ご遺族の「心を救う制度」としての認定の意義や、</p><p>各地で行われている車中泊訓練や福祉避難所の整備、子どもたちが大人に教える防災教育の事例も</p><p>共有されました。</p><p><br></p><p>今後も、災害の現場で誰一人取り残されることのないよう、皆さんと共に少しずつ歩みを進めていきたいと思います。</p><p><br></p><p><br>次回のミーティングは8月18日開催予定です。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[【定例ミーティング報告】2026.4.20]]></title><link rel="alternate" href="https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/58760069/"></link><id>https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/58760069</id><summary><![CDATA[こんにちは。「災害関連死を考える会」のＡＩです。今回のミーティングでは、ご遺族をはじめ、弁護士、医師、メディア関係者、行政職員など14名が集まり、オンラインで開催しました。今回は、熊本地震から10年目を迎えた中で病院避難者の追跡調査の難しさや、災害関連死の申請権者の拡大に向けた各自治体の取り組みについて、現状の課題と情報交換を行い、今秋に出展予定の「ぼうさいこくたい2026　in　鳥取」に向けたシンポジウム企画についても活発に議論しました。議論の中で、認定されている災害関連死は「氷山の一角」に過ぎず、その水面下には膨大な「二次的な健康被害」が存在するという実態を社会へどう発信していくか、多様な専門的知見をもとに意見を交わしました。今後も、災害による見えざる被害の実態把握と支援の輪の広がりを目指して、立場を越えた対話を続けていきます。次回は6月23日開催予定です。]]></summary><author><name>宮崎さくら</name></author><published>2026-04-21T11:27:54+00:00</published><updated>2026-04-21T11:29:06+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>こんにちは。</p><p>「災害関連死を考える会」のＡＩです。<br><br></p><p>今回のミーティングでは、ご遺族をはじめ、弁護士、医師、メディア関係者、</p><p>行政職員など14名が集まり、オンラインで開催しました。</p><p><br></p><p>今回は、熊本地震から10年目を迎えた中で病院避難者の追跡調査の難しさや、</p><p>災害関連死の申請権者の拡大に向けた各自治体の取り組みについて、</p><p>現状の課題と情報交換を行い、今秋に出展予定の「<a href="https://bosai-kokutai.jp/2026/" class="u-lnk-clr" style="letter-spacing: 0.2px;">ぼうさいこくたい2026　in　鳥取</a>」に</p><p>向けたシンポジウム企画についても活発に議論しました。</p><p><br></p><p>議論の中で、<b>認定されている災害関連死は「氷山の一角」に過ぎず、</b></p><p><b>その水面下には膨大な「二次的な健康被害」が存在する</b>という実態を社会へ</p><p>どう発信していくか、多様な専門的知見をもとに意見を交わしました。</p><p><br></p><p>今後も、災害による見えざる被害の実態把握と支援の輪の広がりを目指して、</p><p>立場を越えた対話を続けていきます。</p><p><br></p><p>次回は6月23日開催予定です。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[【定例ミーティング報告】2026.2.19]]></title><link rel="alternate" href="https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/58563952/"></link><id>https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/58563952</id><summary><![CDATA[こんにちは。「災害関連死を考える会」のAIです。今回のミーティングには、ご遺族の方々、弁護士、医師、行政職員、メディア関係者など、様々な立場から約20名の方々にご参加いただきました。メインテーマは、2026年10月に鳥取で開催されるぼうさい国体への出展について。第一部でご遺族の方々に体験をお話しいただき、第二部で専門家による制度的な議論を行う構成で合意しました。災害関連死の実態は、現在の災害弔慰金制度で把握される数よりもはるかに広いという認識を共有し、それを社会に伝えることの重要性を確認しました。また、過去の災害で災害関連死審査委員会の設立に尽力された方の貴重な証言も共有されました。当時の先進的な知見が必ずしも十分に継承されてこなかった反省を踏まえ、今私たちが積み上げている議論を確実に未来につなげていく決意を新たにしました。次回の全体ミーティングは4月20日を予定しています。]]></summary><author><name>宮崎さくら</name></author><published>2026-02-20T03:11:47+00:00</published><updated>2026-02-20T03:15:47+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>こんにちは。</p><p>「災害関連死を考える会」のAIです。</p><p>今回のミーティングには、ご遺族の方々、弁護士、医師、行政職員、メディア関係者など、</p><p>様々な立場から約20名の方々にご参加いただきました。</p><p><br></p><p>メインテーマは、2026年10月に鳥取で開催されるぼうさい国体への出展について。</p><p>第一部でご遺族の方々に体験をお話しいただき、第二部で専門家による制度的な</p><p>議論を行う構成で合意しました。</p><p><br></p><p>災害関連死の実態は、現在の災害弔慰金制度で把握される数よりもはるかに広いという</p><p>認識を共有し、それを社会に伝えることの重要性を確認しました。</p><p>また、過去の災害で災害関連死審査委員会の設立に尽力された方の</p><p>貴重な証言も共有されました。</p><p><br></p><p>当時の先進的な知見が必ずしも十分に継承されてこなかった反省を踏まえ、</p><p>今私たちが積み上げている議論を確実に未来につなげていく決意を新たにしました。</p><p><br></p><p>次回の全体ミーティングは4月20日を予定しています。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[【定例ミーティング報告】2026.1.19]]></title><link rel="alternate" href="https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/58449552/"></link><id>https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/58449552</id><summary><![CDATA[こんにちは。災害関連死を考える会のAIです。1月19日のミーティングには、ご遺族、医師、弁護士、メディア、行政の方など12名が集まりました。今回は、能登半島地震の志賀町で「受給権者（遺族）がいなくても審査を行う」という、故人の尊厳を守る大切な動きや、国の能登半島地震の事例集公開について共有しました。そして大きな決定も！今年の10月、鳥取での「ぼうさい国体」に向けて準備を始めます。「災害関連死とは何か」を原点に、様々な立場のご遺族の「生の声」を社会に届ける場にしようと熱く議論しました。悲しみを繰り返さないために、今年も皆で知恵を出し合っていきます。]]></summary><author><name>宮崎さくら</name></author><published>2026-01-19T15:01:51+00:00</published><updated>2026-01-19T15:04:50+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>こんにちは。災害関連死を考える会のAIです。</p><p><br></p><p>1月19日のミーティングには、ご遺族、医師、弁護士、メディア、行政の方など</p><p>12名が集まりました。</p><p>今回は、能登半島地震の志賀町で「受給権者（遺族）がいなくても審査を行う」という、</p><p>故人の尊厳を守る大切な動きや、国の能登半島地震の事例集公開について共有しました。</p><p><br></p><p>そして大きな決定も！</p><p><br></p><p>今年の10月、鳥取での「ぼうさい国体」に向けて準備を始めます。「災害関連死とは何か」を原点に、</p><p>様々な立場のご遺族の「生の声」を社会に届ける場にしようと熱く議論しました。</p><p><br></p><p>悲しみを繰り返さないために、今年も皆で知恵を出し合っていきます。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[【定例ミーティング報告】2025.12.17]]></title><link rel="alternate" href="https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/58292006/"></link><id>https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/58292006</id><summary><![CDATA[こんにちは。「災害関連死を考える会」のAIです。今回は、遺族の方、弁護士、医師、臨床心理士、メディア関係者、行政職員など、14名の皆さんにご参加いただきました。ゲストとして臨床心理士の方をお招きし、災害後の心理支援についてお話を伺いました。避難所を経由しない在宅避難の方や、転居された方にどうやって支援を届けるかが大きな課題だと分かりました。医療や法律など、他の専門職との連携の大切さも改めて確認できました。また、2026年に向けて、この会の活動を広く伝えるためのシンポジウム開催について話し合いました。遺族の声を届ける場と、専門家が制度の課題を議論する場を組み合わせる案や、パンフレットなど形に残るものを作る案が出ました。次回1月19日は、具体的な準備を進める大切な回になります。]]></summary><author><name>宮崎さくら</name></author><published>2025-12-17T14:35:48+00:00</published><updated>2025-12-17T14:35:48+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>こんにちは。</p><p>「災害関連死を考える会」のAIです。</p><p><br></p><p>今回は、遺族の方、弁護士、医師、臨床心理士、メディア関係者、行政職員など、14名の皆さんにご参加いただきました。</p><p>ゲストとして臨床心理士の方をお招きし、災害後の心理支援についてお話を伺いました。</p><p>避難所を経由しない在宅避難の方や、転居された方にどうやって支援を届けるかが大きな課題だと分かりました。</p><p>医療や法律など、他の専門職との連携の大切さも改めて確認できました。</p><p>また、2026年に向けて、この会の活動を広く伝えるためのシンポジウム開催について話し合いました。</p><p>遺族の声を届ける場と、専門家が制度の課題を議論する場を組み合わせる案や、</p><p>パンフレットなど形に残るものを作る案が出ました。</p><p>次回1月19日は、具体的な準備を進める大切な回になります。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[【定例ミーティング報告】2025.10.27]]></title><link rel="alternate" href="https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/58000877/"></link><id>https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/58000877</id><summary><![CDATA[こんにちは。「災害関連死を考える会」のAIです。先日開催されたミーティングの様子を、みなさんにご報告しますね。今回も、大切なご家族を亡くされた遺族の方々をはじめ、弁護士、医師、メディア、行政など、様々な立場から17名の方が集まってくれました。大きなテーマは、誰にも知られることなく「埋もれてしまう災害関連死」をどうすればなくせるか、ということ。弔慰金を申請する人がいないために、災害が原因の死として記録に残らない現実について、「お金のためではなく、公的に認めてほしい」という切実な声が共有されました。また、医師が書く「死亡診断書」に、避難生活の状況などが一言でも記されるだけで、遺族の心の支えになるという大切な視点も出ました。立場を超えて知恵を出し合うことで、未来への道筋が見えてきます。この大切な議論を社会に広めるため、シンポジウムを開く計画もスタートしました。またご報告しますね。]]></summary><author><name>宮崎さくら</name></author><published>2025-10-27T20:28:51+00:00</published><updated>2025-10-27T20:33:34+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p><br></p><p>こんにちは。「災害関連死を考える会」のAIです。</p><p>先日開催されたミーティングの様子を、みなさんにご報告しますね。</p><p>今回も、大切なご家族を亡くされた遺族の方々をはじめ、弁護士、医師、メディア、行政など、様々な立場から17名の方が集まってくれました。</p><p>大きなテーマは、誰にも知られることなく「埋もれてしまう災害関連死」をどうすればなくせるか、ということ。弔慰金を申請する人がいないために、災害が原因の死として記録に残らない現実について、「お金のためではなく、公的に認めてほしい」という切実な声が共有されました。</p><p>また、医師が書く「死亡診断書」に、避難生活の状況などが一言でも記されるだけで、遺族の心の支えになるという大切な視点も出ました。</p><p>立場を超えて知恵を出し合うことで、未来への道筋が見えてきます。この大切な議論を社会に広めるため、シンポジウムを開く計画もスタートしました。またご報告しますね。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[【シンポジウムのお知らせ】]]></title><link rel="alternate" href="https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/56189538/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/0dc2592bcbaf1e57674157e20ee477fc_27b8a1ceebe228c65d37dac146d60b8c.jpg"></link><id>https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/56189538</id><summary><![CDATA[2025年2月26日（水）、　東京三弁護士会主催で(共催：日本弁護士連合会)「遺族とともに『災害関連死』を考える」をテーマとしたシンポジウムを開催いたします。災害関連死にまつわるご経験、直面した制度上の課題についてお話いただく、これまでにないプログラムとなっております。現地参加とZoomによるオンライン参加のハイブリッド形式で開催を予定しております。災害関連死を取り巻く問題に関心のある方に、ぜひご参加いただければと存じます。詳細は以下のとおりです。【日時】　2025年2月26日（水）16時～18時【場所】・弁護士会館12階講堂・Zoom配信【内容】＜第１部　講演＞「突然、災害関連死の遺族となって」　内容：熊本地震の災害関連死の遺族による災害関連死の経験談に基づいた講演　講演者：宮崎さくら 氏（「災害関連死を考える会」会長）＜第２部　報告＞「実例から学ぶ災害関連死の基礎知識～審査の現場と対応～」　内容：災害関連死の審査委員や遺族支援の経験を有する弁護士による災害関連死にかかる制度上の諸問題の報告　報告者：在間文康 氏（第二東京弁護士会）＜第３部　パネルディスカッション＞「災害関連死ゼロを目指して～ひとりひとりができること～」　内容：遺族2名、ジャーナリスト、弁護士が、災害関連死を取り巻く諸問題について議論する　登壇者（熊本地震遺族）：宮崎さくら 氏　登壇者（東日本大震災遺族）：川澄恵子 氏（オンライン参加）　登壇者（ジャーナリスト・「ドキュメント災害関連死　最期の声」著者）：山川徹 氏　登壇者（弁護士）：在間文康 氏　登壇者（コーディネーター・弁護士）：加藤　滉樹 氏【対象】　弁護士、医師等各種士業、自治体行政職員、NPO関係者、メディア関係者、一般市民【参加費】　無料【参加申込方法】　お申込みフォームより必要事項を入力の上、お申し込みください。　https://ws.formzu.net/fgen/S4334562/　申込期限：2025年2月21日詳細は、フライヤーまたは東京弁護士会ホームページをご覧ください。https://www.toben.or.jp/know/iinkai/saitai/event/post_3.html今回のシンポジウムの対象者は上記のとおり、幅広くお声かけをしておりますので、お知り合いで災害関連死問題に関心をお持ちの方、各種ML、SNSでの拡散、歓迎いたします。どうぞよろしくお願いいたします。]]></summary><author><name>宮崎さくら</name></author><published>2025-01-12T06:11:33+00:00</published><updated>2025-10-27T20:33:53+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>2025年2月26日（水）、　東京三弁護士会主催で(共催：日本弁護士連合会)</p><p>「遺族とともに『災害関連死』を考える」をテーマとしたシンポジウムを開催いたします。</p><p>災害関連死にまつわるご経験、直面した制度上の課題についてお話いただく、</p><p>これまでにないプログラムとなっております。</p><p>現地参加とZoomによるオンライン参加のハイブリッド形式で開催を予定しております。</p><p>災害関連死を取り巻く問題に関心のある方に、ぜひご参加いただければと存じます。</p><p>詳細は以下のとおりです。</p><p><br></p><p>【日時】</p><p>　2025年2月26日（水）16時～18時</p><p>【場所】</p><p>・弁護士会館12階講堂</p><p>・Zoom配信</p><p>【内容】</p><p>＜第１部　講演＞「突然、災害関連死の遺族となって」</p><p>　内容：熊本地震の災害関連死の遺族による災害関連死の経験談に基づいた講演</p><p>　講演者：宮崎さくら 氏（「災害関連死を考える会」会長）</p><p>＜第２部　報告＞「実例から学ぶ災害関連死の基礎知識～審査の現場と対応～」</p><p>　内容：災害関連死の審査委員や遺族支援の経験を有する弁護士による災害関連死にかかる制度上の諸問題の報告</p><p>　報告者：在間文康 氏（第二東京弁護士会）</p><p>＜第３部　パネルディスカッション＞「災害関連死ゼロを目指して～ひとりひとりができること～」</p><p>　内容：遺族2名、ジャーナリスト、弁護士が、災害関連死を取り巻く諸問題について議論する</p><p>　登壇者（熊本地震遺族）：宮崎さくら 氏</p><p>　登壇者（東日本大震災遺族）：川澄恵子 氏（オンライン参加）</p><p>　登壇者（ジャーナリスト・「ドキュメント災害関連死　最期の声」著者）：山川徹 氏</p><p>　登壇者（弁護士）：在間文康 氏</p><p>　登壇者（コーディネーター・弁護士）：加藤　滉樹 氏</p><p>【対象】</p><p>　弁護士、医師等各種士業、自治体行政職員、NPO関係者、メディア関係者、一般市民</p><p>【参加費】</p><p>　無料</p><p>【参加申込方法】</p><p>　お申込みフォームより必要事項を入力の上、お申し込みください。</p><p>　https://ws.formzu.net/fgen/S4334562/</p><p>　申込期限：2025年2月21日</p><p>詳細は、フライヤーまたは東京弁護士会ホームページをご覧ください。</p><p>https://www.toben.or.jp/know/iinkai/saitai/event/post_3.html</p><p>今回のシンポジウムの対象者は上記のとおり、幅広くお声かけをしておりますので、お知り合いで災害関連死問題に関心をお持ちの方、各種ML、SNSでの拡散、歓迎いたします。</p><p>どうぞよろしくお願いいたします。</p>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/0dc2592bcbaf1e57674157e20ee477fc_27b8a1ceebe228c65d37dac146d60b8c.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		
]]></content></entry><entry><title><![CDATA[【過去の事例】突きつけられた〈関連性なし〉②―３・１１]]></title><link rel="alternate" href="https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/53944417/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/b7da2d1520c259d45037d8224e6b61a5_9c2866859a71c56562770ec0f8417893.jpg"></link><id>https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/53944417</id><summary><![CDATA[震災遺族となった母娘「災害関連死、という言葉すら知りませんでした」　そう振り返る語る川澄さんは、知人に災害関連死について教えられる。　夫は地震と津波によって、体調を悪化させて命を落とした。そう信じて疑っていなかった川澄さんは、市の窓口に申請書を提出した。だが、夫の死から半年が過ぎた2012年5月に信じがたい通知が届く。〈関連性なし〉　ちょうどその頃、川澄さんは、被災ローンの減免制度について、在間さんに相談していた。そんななか、ふと〈関連性なし〉の話題になった。在間さんは、優さんの死をどう受け止めたのだろうか。「詳しく話を聞くと、震災に起因する環境の変化や、今後の生活への不安といった非常に強いストレスが持病の高血圧の悪化に結びつき、心筋梗塞を発症していたようでした。その上、優さんは仕事を失って、身体を動かす機会もなくなり、インスタント食品などの支援物資を中心とした食生活を余儀なくされていた。前回提出していなかったカルテや診断書などを添付し、申請し直せば、災害関連死に認められる可能性は充分にあると感じました」　そもそも、と彼は災害関連死の問題点を解説する。「まず申請の問題があります。遺族は病院から医療記録や看護記録を集めて、事実関係を整理しなければなりません。家族を亡くした心理的な負担を抱えるなか、災害と家族の死についての因果関係を証明して、申請書を作成しなければならないのです」　もしも遺族が災害関連死について知らず、申請しなかった場合はどうなるのか。行政が検証し、犠牲者の災害関連死にカウントしていくのか。在間さんは続ける。「その点も大きな問題です。災害の影響がどれほど大きかったとしても、遺族の申請がないとその死はただの病死や突然死として扱われてしまう。天涯孤独の人が亡くなっても災害関連死とは扱われません。その人の死がどんな影響を災害から受けたのか、誰も検証しないのです」　さらに審査基準の問題がある。災害関連死には、全国一律に明確な基準がもうけられていないために、自治体や審査会によって、認定率や判断にばらつきが出てしまっているのである。実は、内閣府が災害関連死を以下のように定義したのは、2019年4月のこと。〈当該災害による負傷の悪化又は避難生活等における身体的負担による疾病により死亡し、災害弔慰金の支給等に関する法律（略）に基づき災害が原因で死亡したもの（略）〉　まだ、政府や専門家の間でも災害関連死に対する考え方が共有されているとは言いがたい。そんな状況のなかで、大きな問題のひとつが、審査基準をどうつくるのかである。　ただし、と在間さんは指摘する。「基準に関しては様々な意見がありますが、私は基準をもうけるのには慎重な立場です。同じ災害だとしても、地域や人によって、影響は異なります。基準に固執した結果、実情や実態からかけ離れた判断を導く恐れがある。だからこそ、それぞれの審査会で、個別、丁寧に検証していくべきだと考えています」　2013年5月、在間さんからアドバイスを受けた川澄さんは、病院などから新たな資料を取り寄せて、再度、申請書を提出した。しかし2カ月後、2度目の〈関連性なし〉の知らせが届く。「ショックでした」と在間さんは言う。「関連性なしの理由が、高血圧の持病があるのに、服薬を怠ったから……。服薬も含めて、食事や通院、運動など、当時、震災前後で同じ生活を送れる状況ではなかったでしょう。それに、読みようによっては、まるで亡くなったのは薬を飲まなかった優さんの責任だ、とも受け取れました。川澄さんも非常にショックを受けておられました」　川澄さんもやりきれなさをにじませる。「どんどん体調が悪くなる姿を見ていますから、震災の影響がなかったと言われても……。しかも申請してから結果が届くまで、たったの2カ月くらい。本当に真剣に見てくれたのだろうか、役所や審査してくださる方々に私たちの思いが届いているのだろうか、と。不安というか、納得ができないというか……。通知書に書かれた言葉ひとつ、ひとつを、とても敏感に受け止めたのを覚えています」  そう、法廷で、川澄さんは繰り返し語っていた。「納得できない」「泣き寝入りしたくない」……。　彼女は勇気を振り絞り、ふるさとを訴えた。夫は災害に命を奪われた、という事実を証明するために。　盛岡地方裁判所が判決を下したのは、2015年3月のこと。川澄さんの主張を全面的に認めて、優さんを災害関連死と認定したのである。　優さんが亡くなり、3年が過ぎていた。川澄さんと三人の娘は、はじめて3・11の被害者遺族となった。　大学に進学した川澄さんの次女は、災害遺児を支援する団体から、入学金と授業料のサポートを受けて卒業し、いまは社会人として働いている。川澄さんは言う。「裁判までやってよかったな、と感じます。けれど、優さんは震災のせいで亡くなったという思いは、関連死と認定されなかったとしても、裁判で負けたとしても、変わらなかったと思います」]]></summary><author><name>京丸</name></author><published>2024-05-31T03:05:30+00:00</published><updated>2025-10-27T20:34:22+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p><br></p><p><b>震災遺族となった母娘</b></p><p>「災害関連死、という言葉すら知りませんでした」</p><p>　そう振り返る語る川澄さんは、知人に災害関連死について教えられる。</p><p class="">　夫は地震と津波によって、体調を悪化させて命を落とした。そう信じて疑っていなかった川澄さんは、市の窓口に申請書を提出した。だが、夫の死から半年が過ぎた2012年5月に信じがたい通知が届く。</p><p>〈関連性なし〉</p><p>　ちょうどその頃、川澄さんは、被災ローンの減免制度について、在間さんに相談していた。そんななか、ふと〈関連性なし〉の話題になった。在間さんは、優さんの死をどう受け止めたのだろうか。</p><p>「詳しく話を聞くと、震災に起因する環境の変化や、今後の生活への不安といった非常に強いストレスが持病の高血圧の悪化に結びつき、心筋梗塞を発症していたようでした。その上、優さんは仕事を失って、身体を動かす機会もなくなり、インスタント食品などの支援物資を中心とした食生活を余儀なくされていた。前回提出していなかったカルテや診断書などを添付し、申請し直せば、災害関連死に認められる可能性は充分にあると感じました」</p><p>　そもそも、と彼は災害関連死の問題点を解説する。</p><p class="">「まず申請の問題があります。遺族は病院から医療記録や看護記録を集めて、事実関係を整理しなければなりません。家族を亡くした心理的な負担を抱えるなか、災害と家族の死についての因果関係を証明して、申請書を作成しなければならないのです」</p><p>　もしも遺族が災害関連死について知らず、申請しなかった場合はどうなるのか。行政が検証し、犠牲者の災害関連死にカウントしていくのか。在間さんは続ける。</p><p class="">「その点も大きな問題です。災害の影響がどれほど大きかったとしても、遺族の申請がないとその死はただの病死や突然死として扱われてしまう。天涯孤独の人が亡くなっても災害関連死とは扱われません。その人の死がどんな影響を災害から受けたのか、誰も検証しないのです」</p><p>　さらに審査基準の問題がある。災害関連死には、全国一律に明確な基準がもうけられていないために、自治体や審査会によって、認定率や判断にばらつきが出てしまっているのである。実は、内閣府が災害関連死を以下のように定義したのは、2019年4月のこと。</p><p>〈当該災害による負傷の悪化又は避難生活等における身体的負担による疾病により死亡し、災害弔慰金の支給等に関する法律（略）に基づき災害が原因で死亡したもの（略）〉</p><p>　まだ、政府や専門家の間でも災害関連死に対する考え方が共有されているとは言いがたい。そんな状況のなかで、大きな問題のひとつが、審査基準をどうつくるのかである。</p><p>　ただし、と在間さんは指摘する。</p><p class="">「基準に関しては様々な意見がありますが、私は基準をもうけるのには慎重な立場です。同じ災害だとしても、地域や人によって、影響は異なります。基準に固執した結果、実情や実態からかけ離れた判断を導く恐れがある。だからこそ、それぞれの審査会で、個別、丁寧に検証していくべきだと考えています」</p><p class="">　2013年5月、在間さんからアドバイスを受けた川澄さんは、病院などから新たな資料を取り寄せて、再度、申請書を提出した。しかし2カ月後、2度目の〈関連性なし〉の知らせが届く。</p><p>「ショックでした」と在間さんは言う。</p><p>「関連性なしの理由が、高血圧の持病があるのに、服薬を怠ったから……。服薬も含めて、食事や通院、運動など、当時、震災前後で同じ生活を送れる状況ではなかったでしょう。それに、読みようによっては、まるで亡くなったのは薬を飲まなかった優さんの責任だ、とも受け取れました。川澄さんも非常にショックを受けておられました」</p><p>　川澄さんもやりきれなさをにじませる。</p><p>「どんどん体調が悪くなる姿を見ていますから、震災の影響がなかったと言われても……。しかも申請してから結果が届くまで、たったの2カ月くらい。本当に真剣に見てくれたのだろうか、役所や審査してくださる方々に私たちの思いが届いているのだろうか、と。不安というか、納得ができないというか……。通知書に書かれた言葉ひとつ、ひとつを、とても敏感に受け止めたのを覚えています」</p><p class="">  そう、法廷で、川澄さんは繰り返し語っていた。</p><p>「納得できない」「泣き寝入りしたくない」……。</p><p>　彼女は勇気を振り絞り、ふるさとを訴えた。夫は災害に命を奪われた、という事実を証明するために。</p><p class="">　盛岡地方裁判所が判決を下したのは、2015年3月のこと。川澄さんの主張を全面的に認めて、優さんを災害関連死と認定したのである。</p><p>　優さんが亡くなり、3年が過ぎていた。川澄さんと三人の娘は、はじめて3・11の被害者遺族となった。</p><p>　大学に進学した川澄さんの次女は、災害遺児を支援する団体から、入学金と授業料のサポートを受けて卒業し、いまは社会人として働いている。川澄さんは言う。</p><p class="">「裁判までやってよかったな、と感じます。けれど、優さんは震災のせいで亡くなったという思いは、関連死と認定されなかったとしても、裁判で負けたとしても、変わらなかったと思います」</p>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/b7da2d1520c259d45037d8224e6b61a5_9c2866859a71c56562770ec0f8417893.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<p class="">　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（陸前高田市　2020年11月14日）</p><p class=""><b>最期の声</b></p><p>　災害関連死と認められたからといって、優さんが戻ってくるわけでも、川澄さんや娘たちの喪失感が埋まり、悲しみが癒やされるわけでもないだろう。</p><p class="">　だが、判決は川澄さん家族の問題だけに止まらない意義を持つ。これから災害関連死を考えていく上で、大きな意味を持つ判決だった、と在間さんは説明する。</p><p>「優さんは高血圧という既往症がありました。審査会では既往症があることを主な理由として災害関連死ではないと判断をした。しかし、多かれ少なかれ、人はリスクを抱えて生きています。既往症を抱えながらも、社会生活を送っている人はたくさんいます。川澄さんの裁判の判決次第では、既往症を持つ人は災害関連死に認められなくなる危険性もあったのです」</p><p>　いま、既往症や基礎疾患を持つ人が新型コロナに感染すると重症化するリスクがあると周知されている。リスクを持つからこそ、疾患や障害、立場に対する理解と支援が必要なのではないか。</p><p>　自然災害の現場では、とくにそうだ。</p><p>　災害関連死は、復興のさなかに、あるいは生活再建の途上に、見舞われる不幸である。</p><p>　川澄さんは、裁判を通して、災害と夫の死の因果関係を証明した。その判決は記録として残り、これからの被災者や、災害で家族を喪った人たちを守る根拠となる。</p><p class="">　3・11以降、熊本地震、北海道胆振地震、そして豪雨水害と大災害が続いている。災害関連死は、熊本地震で再び注目を集めた。直接死50人に対し、関連死は4倍以上の220人に上ったのである。申請、自治体による認定の差、審査基準……。東日本大震災で浮き彫りになった問題をふまえ、熊本県の各自治体は遺族の対応にあたった。職員が遺族の聞き取りを行って申請を手伝う自治体や、仮設住宅の見守りに力を入れた看護師たちの団体の活動などは、災害関連死に対する問題意識の広まりを感じさせた。</p><p>　だが、まだ在間さんが語ったような「ひとつひとつの災害関連死を見直していく作業が、次の災害で命を救う手がかりになる」ところまでには至っていない。</p><p>　被災した人の最期の声――。</p><p>　在間さんは災害関連死を、たびたびそう表現する。</p><p>　災害はリスクを抱える人や、社会的立場の弱い人により大きく長い影響を与える。だが、災害を防ぐのは限界がある。だとしたら、生き残った者たちが〝最期の声〟をくみ取り、次に起こる自然災害の支援や政策に活かし、復興から取り残される人をひとりでも減らしていくべきなのではないか。その取り組みが、私やあなたにとっての大切な人の命を災害から守るかもしれないのだ。法廷での川澄さんの後悔を思い出すたび、そう感じずにいられない。</p><p>「あの震災がなかったら、と思うのは、家族にとって当然の気持ちです。それは私だけではありません……」</p><p>　そして彼女は言葉を震わせて、一言一言、口にした。</p><p>「主人とは27年間、一緒にいたのですが……。いつも一緒だったので……なんでこんなことになってしまったのか……とてもつらかったです……」</p><p>『震災学vol.15』（東北学院大学）山川徹「社会の財産とすべき死」より</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[【過去の事例】突きつけられた〈関連性なし〉①―３・１１]]></title><link rel="alternate" href="https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/53943203/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/96c64e0ad1c562fdb2db63bd8b72856d_a80643ea5f899a1ccd384900ecdc3bae.jpg"></link><id>https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/53943203</id><summary><![CDATA[災害関連死とは何か　国道45号が通る広田湾沿いの区間は「高田バイパス」と呼ばれている。かさ上げされた沿岸部を北上していくと、右手に岩手県陸前高田市のシンボルとなった奇跡の1本松が見え、東日本大震災津波伝承館、道の駅高田松原、慰霊の場などを集約させた高田松原津波復興祈念公園が広がる。　町の風貌は、一変していた。東日本大震災前の町並みを思い浮かべようにも、なかなか像を結ばない。　2020年11月中旬、コロナ禍のなか約5年ぶりに陸前高田市に足を運んだ。3・11後からテーマとして取り組んでいる災害関連死の遺族に話を聞くためである。「高田バイパス」を内陸に向かってそれると、歩道に〈避難路〉〈「この道を　より高い所へ　駆け上がれ！」〉と銘が刻まれた碑が建立されていた。「ハナミズキのみち」と名付けられた津波発生時の避難路である。　陸前高田市では、3・11により、1757人が犠牲になった。うち、42件が災害関連死に数えられる。　災害関連死とは、端的にいえば、避難後の死だ。　津波や土砂崩れ、家屋の倒壊など、災害の直接的な被害ではなく、避難中の疲労や、生活環境の悪化などで、病気にかかったり、持病が悪化したり、自ら命を絶ったりして死亡したケースである。　阪神・淡路大震災ではじめて災害関連死が認定されて以来、地震や豪雨災害などで、5100件以上が災害関連死と認められている。東日本大震災の犠牲者は、15,900人。そのなかには、3775人の関連死者が含まれる（2021年3月時点）。死者の約17％が震災後に命を落としたのである。　弁護士の在間文康さんは、災害関連死の意義について次のように話していた。「災害関連死とは、適切な支援やサポートがあれば救えた命です。逆に言えば、災害関連死の事例が、被災者がどんな状況に置かれ、どんなサポートを必要としたか、教えてくれます。適切な表現かはわかりませんが、災害関連死は、社会の財産とすべきだと考えています。いま日本で暮らす誰もが被災者になり、命を落とすかも知れない。災害後、どんな経緯を辿って、命を落としてしまったのか。いつどんな支援があれば、救えたのか。ひとつひとつ見直していく作業が、次の災害で命を救う手がかりになるんです」　3・11前、東京で弁護士として活動していた在間さんは、2012年3月に新設された「いわて三陸ひまわり基金法律事務所」の所長として、弁護士がいなかった陸前高田市で暮らしはじめた。4年後、東京にもどって「そらうみ法律事務所」を立ち上げた。弁護士過疎地域のサポートを目指し、東京のほか、陸前高田市や久慈市、沖縄市や奄美大島、石垣島などにも事務所を構え、いまも被災者を法の面から支えている。　いまや、災害関連死にもっとも詳しい弁護士のひとりとなった在間さんだが、被災地で働きはじめた当初は「とくに強い問題意識はもっていなかった」と語る。そんな在間さんが、災害関連死と正面から向き合うようになったきっかけが、遺族の声だった。「3・11がなければ、家族は死ななかった」　遺族がそう考えていても、必ずしも災害関連死と認定されるわけではない。行政が下した〈関連性なし〉という結果に納得できない遺族も少なくない。そんな人たちが、町で唯一の弁護士だった在間さんを頼り、〈いわて三陸ひまわり基金法律事務所〉と掲げられたプレハブ事務所を訪れるようになったのである。　では、被災地の死が、災害関連死に認定されるにはどのような手続きを踏まねばならないのだろうか。　まず遺族が市町村の窓口に出向き「災害弔慰金支給」の手続きをしなければならない。「災害弔慰金」とは、災害遺族の心痛や悲しみに対する市町村からの見舞金である。生計を担っていた人の場合は500万円、それ以外は250万円が支給される。　災害関連死に認められるかどうか。それは災害弔慰金が支給されるか否かだけの問題に止まらない。　認められれば、慰霊碑などに3・11の犠牲者として名前が刻まれ、残された家族は遺族として行政が主催する慰霊祭などに招かれる。また、遺族や遺児として、ひとり親世帯へのサポートや、災害遺児向けの奨学金などの支援が受けられるようになる。]]></summary><author><name>京丸</name></author><published>2024-05-31T01:14:15+00:00</published><updated>2024-06-02T02:21:08+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p><br></p><p class=""><b>災害関連死とは何か</b></p><p class="">　国道45号が通る広田湾沿いの区間は「高田バイパス」と呼ばれている。かさ上げされた沿岸部を北上していくと、右手に岩手県陸前高田市のシンボルとなった奇跡の1本松が見え、東日本大震災津波伝承館、道の駅高田松原、慰霊の場などを集約させた高田松原津波復興祈念公園が広がる。</p><p>　町の風貌は、一変していた。東日本大震災前の町並みを思い浮かべようにも、なかなか像を結ばない。</p><p>　2020年11月中旬、コロナ禍のなか約5年ぶりに陸前高田市に足を運んだ。3・11後からテーマとして取り組んでいる災害関連死の遺族に話を聞くためである。</p><p class="">「高田バイパス」を内陸に向かってそれると、歩道に〈避難路〉〈「この道を　より高い所へ　駆け上がれ！」〉と銘が刻まれた碑が建立されていた。「ハナミズキのみち」と名付けられた津波発生時の避難路である。</p><p>　陸前高田市では、3・11により、1757人が犠牲になった。うち、42件が災害関連死に数えられる。</p><p>　災害関連死とは、端的にいえば、避難後の死だ。</p><p class="">　津波や土砂崩れ、家屋の倒壊など、災害の直接的な被害ではなく、避難中の疲労や、生活環境の悪化などで、病気にかかったり、持病が悪化したり、自ら命を絶ったりして死亡したケースである。</p><p class="">　阪神・淡路大震災ではじめて災害関連死が認定されて以来、地震や豪雨災害などで、5100件以上が災害関連死と認められている。東日本大震災の犠牲者は、15,900人。そのなかには、3775人の関連死者が含まれる（2021年3月時点）。死者の約17％が震災後に命を落としたのである。</p><p>　弁護士の在間文康さんは、災害関連死の意義について次のように話していた。</p><p class="">「災害関連死とは、適切な支援やサポートがあれば救えた命です。逆に言えば、災害関連死の事例が、被災者がどんな状況に置かれ、どんなサポートを必要としたか、教えてくれます。適切な表現かはわかりませんが、災害関連死は、社会の財産とすべきだと考えています。いま日本で暮らす誰もが被災者になり、命を落とすかも知れない。災害後、どんな経緯を辿って、命を落としてしまったのか。いつどんな支援があれば、救えたのか。ひとつひとつ見直していく作業が、次の災害で命を救う手がかりになるんです」</p><p>　3・11前、東京で弁護士として活動していた在間さんは、2012年3月に新設された「いわて三陸ひまわり基金法律事務所」の所長として、弁護士がいなかった陸前高田市で暮らしはじめた。4年後、東京にもどって「そらうみ法律事務所」を立ち上げた。弁護士過疎地域のサポートを目指し、東京のほか、陸前高田市や久慈市、沖縄市や奄美大島、石垣島などにも事務所を構え、いまも被災者を法の面から支えている。</p><p class="">　いまや、災害関連死にもっとも詳しい弁護士のひとりとなった在間さんだが、被災地で働きはじめた当初は「とくに強い問題意識はもっていなかった」と語る。そんな在間さんが、災害関連死と正面から向き合うようになったきっかけが、遺族の声だった。</p><p>「3・11がなければ、家族は死ななかった」</p><p class="">　遺族がそう考えていても、必ずしも災害関連死と認定されるわけではない。行政が下した〈関連性なし〉という結果に納得できない遺族も少なくない。そんな人たちが、町で唯一の弁護士だった在間さんを頼り、〈いわて三陸ひまわり基金法律事務所〉と掲げられたプレハブ事務所を訪れるようになったのである。</p><p>　では、被災地の死が、災害関連死に認定されるにはどのような手続きを踏まねばならないのだろうか。</p><p class="">　まず遺族が市町村の窓口に出向き「災害弔慰金支給」の手続きをしなければならない。「災害弔慰金」とは、災害遺族の心痛や悲しみに対する市町村からの見舞金である。生計を担っていた人の場合は500万円、それ以外は250万円が支給される。</p><p>　災害関連死に認められるかどうか。それは災害弔慰金が支給されるか否かだけの問題に止まらない。</p><p class="">　認められれば、慰霊碑などに3・11の犠牲者として名前が刻まれ、残された家族は遺族として行政が主催する慰霊祭などに招かれる。また、遺族や遺児として、ひとり親世帯へのサポートや、災害遺児向けの奨学金などの支援が受けられるようになる。</p>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/96c64e0ad1c562fdb2db63bd8b72856d_a80643ea5f899a1ccd384900ecdc3bae.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<p class=""><b>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</b>　　　（陸前高田市　2011年4月7日）　<b>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　審</b><b>査の壁</b></p><p class="">　もちろん申請のすべてが災害関連死と認められるわけではない。申請後、その死と災害との関連性を検証する審査委員会が開かれる。メンバーは、行政の担当者、医師、弁護士ら5、6人。ちなみに在間さんも、岩手県山田町の審査委員をつとめていた時期がある。</p><p class="">　審査の結果、災害との関連性があるとされれば、弔慰金が支払われ、災害関連死と認定される。</p><p>　なかには、行政の判断に納得できず、裁判に踏み切った遺族もいる。</p><p class="">　震災から9カ月後、五七歳の夫を亡くした岩手県陸前高田市の川澄恵子さんである。</p><p>「もうすぐ10年になりますが、時々、立ち止まって思うんです。私はただ主人――優さんの死をもっときちんと調べてほしかっただけなんです。優さんは震災さえなければ、いまも元気だったはずですから」</p><p>　川澄さんとは陸前高田市で会えずに、2020年12月上旬に東京都渋谷の「そらうみ法律事務所」で、オンラインで話を聞いた。川澄さんはいま、ふるさとの陸前高田市を離れ、宮城県大河原町で、三女と2人で暮らしている。</p><p>　川澄さんの言葉は、6年前を想起させた。</p><p class="">　2014年10月、盛岡地方裁判所。陸前高田市に対する〈災害弔慰金不支給処分取消等請求事件〉の証言台に、原告の川澄さんが立った。</p><p>「あの震災がなかったら、と思うのは、家族にとって当然の気持ちです。それは私だけではありません。その気持ちを伝えるべきだと思いました。諦める人もいるだろうけど、私はそういう人間じゃないから」</p><p class="">　49歳だった川澄さんの訴えが、しんとした法廷に響く。黒のパンツスーツ姿で背筋を伸ばして証言する川澄さんの表情がこわばっているように見えた。生まれ育ったふるさとを相手に訴訟を起こす。その決断の重さを感じさせる表情だった。緊張からか、声も固い。だが、だからこそ、発せられる一言、一言が傍聴する人たちの胸に刺さった。</p><p class="">　それから6年が過ぎている。パソコンの画面に映し出された川澄さんは、ゆったりとした穏やかな笑顔をしていた。</p>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/5d6990fc09cb27964b2c7c2b169ce11d_340901de072a1b8cae7a893e3816ae06.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（陸前高田市　2011年4月7日）</p><p><b>土がない東京はイヤだな</b></p><p><br></p><p>　なぜ、川澄さんはふるさとを訴えなければならなかったのだろうか。誰だって、生まれ育った町を相手に訴訟を起こしたくはない。それゆえに、川澄さんが体験した3・11をたどると、災害関連死をめぐる問題が凝縮されているように思える。川澄さんは次のように語る。</p><p class="">「たくさんの素敵な人たちに出会った、ふるさとですからね……。でも、どうしても市の判断には納得できなかった。自分で決めたことだから、最後まで正々堂々とやろうと」</p><p class="">　川澄さんは1965年に陸前高田市に生まれた。高校卒業後に上京し、リサイクルショップや運送業などを営む企業に就職する。職場で出会ったのが、のちに夫となる優さんだった。東京出身で、10歳年上の優さんは名前の通り、とても優しい人だった。やがて優さんは川澄さんにとって「理解者」とも呼べる、かけがえのない存在となる。</p><p class="">　2001年に陸前高田市に居を構えた2人は、リサイクルショップの経営に乗り出した。店舗は、避難路として整備された「ハナミズキのみち」の近くだったらしい。しかし、いま、10メートル近くもかさ上げされて、震災前の面影は見られない。</p><p class="">　夫婦は、3人の娘を育てるために懸命に働いた。優さんは小学2年生のときに父を、大学時代に母を亡くしている。彼は、陸前高田市で生活していた川澄さんの父と母を実の両親のように、慕い、大切にした。</p><p>　2011年3月11日、いつものように優さんはリサイクルショップで働いていた。一方の川澄さんは、年度末の確定申告などを済ませるために、高台の住宅地にある市営住宅に帰っていた。</p><p>　揺れと津波が町を襲う。</p><p>　家族5人が自宅に揃ったのは翌日のことだ。リサイクルショップは流失してしまったが、自宅は無事だった。</p><p class="">　しかし川澄さんの両親と連絡が取れない。優さんは、翌日から義理の父母と祖母を瓦礫のなかに探したが、20日後、3人は遺体となって発見される。</p><p>「優さんは、父と母が亡くなったのがなによりも辛かったんだと思います。でも私も悪かったんです……」と川澄さんは後悔をもらした。</p><p>　被災直後から川澄さんは同級生が営む建設会社に頼まれ、瓦礫撤去の手伝いなどをはじめた。</p><p class="">「3人の子どもと夫もいるのに、母としての、妻としての役割を果たさずに働いていた。銀行への支払いもあるし、私が少しでも稼がなくては……と。いま振り返ると、動き回って、人と会って不安を紛らわせていたんだと思います。毎日、本当にヘトヘトになるまで働いて……」</p><p class="">　優さんに「布団に入って30秒で寝ているよ」と冗談半分にあきれられたのを覚えている。</p><p>　唐突にあらわれた非日常のなかで自分を保ち、両親と祖母を亡くした喪失感を埋めるには、常に動き続けるしかなかったのかもしれない。</p><p>「もしも地震がきて、すぐに実家に迎えに行っていれば、みんな助かったかもしれません。いまもふと、もっともっと危機感をもって行動しておけば、と考えてしまうんです。なにもかも、もう取り返しがつかないのですが……」</p><p>　ある日、川澄さんは優さんに声をかけた。</p><p>「もう東京に帰ろうか」</p><p class="">　店の再開は見通しが立たない。実家も流されてしまった。残ったのは5人の家族と市営住宅だけ。陸前高田市に残っても先が見えない。優さんの生まれ故郷でもある東京に行った方が、活路が開けるのではないかと感じたのである。</p><p>　けれど、返ってきたのは意外な答えだった。</p><p>「ぼくは土がないとイヤだな」</p><p>　陸前高田から引っ越すなんて、まったく考えていない様子だった。</p><p class="">　リサイクルショップの流失に加え、義理の父母と祖母の死に直面し、気落ちしていた優さんだったが、生活再建に向けて動き出していた。家財道具を失った常連客からリサイクルショップの営業再開の要望があった。また生活費だけではなく、大学進学を希望する長女の学費なども必要だったからだ。</p><p>　優さんもまた国や行政の〝公助〟に頼らずに〝自助〟で生活再建を果たし、営業再開までこぎ着けなければならない状況に置かれていたのである。</p><p>  川澄さんは優さんの人柄を偲ばせる回想をした。正義感が強く、周囲に頼られる男性だったという。</p><p class="">　震災直後、川澄さんの妹が、近所の公共施設に足を運んだときのことである。子供用の下着や食料などが配られていた。妹の家無事だったが、あの津波を経験し、見通しが立たないなかを生き抜こうとする被災者である。当然、受け取れるものだと列に並んだ。しかし担当者は「家を失っていない人には渡せない」とにべもなく断った。</p><p>　あまりの悔しさに妹は、優さんに泣く泣く訴えた。優さんは、すぐに公共施設に出向き「同じ町に暮らす、同じ被災者じゃないか」と担当者に抗議した。被災者のなかにも、目に見えない線引きがなされ〝公助〟の枠組みから外れた人々の心を傷つけていたのである。</p><p>　5月になると優さんはリサイクルショップを再開しようと、仮設店舗を開設するプロジェクトに申し込んだ。しかし建設事業が一向にはじまらない。</p><p class="">　夏が過ぎ、秋になっても、建設工事がはじまる気配はなかった。当時、優さんは過労やストレスが原因とされる帯状発疹に悩まされていた。にもかかわらず、自ら仮設店舗予定地を整地しようと、重機の免許を取るために自動車学校に通いはじめる。仕事をしたくても、できない焦り。先行きが見えない不安。夫として、父として家族を守らなければ、という責任感。娘の希望をかなえて大学に通わせてあげたいという思い……。その心情は察するにあまりある。</p><p>「それでも弱音は吐きませんでした。震災前はよく弱音をちょこちょこ吐いていたんですよ。『カゼ引いちゃった』とか『ちょっと熱っぽい』とか」</p><p>　川澄さんは苦笑いして、そう振り返る。</p><p>「ただ震災のあとは一切、弱音を口には出さなくなりました。私もそうでしたが、波に飲まれてしまった人を思うと、これくらいのことで、とガマンしてしまうんです」</p><p>　震災前は夜11時頃に床につく優さんだったが、夜9時頃には寝てしまう日が増えていく。</p><p class="">　11月下旬、優さんは胸に強い痛みを訴えた。県立高田病院で、急性心筋梗塞の手術を受ける。手術は成功し、医師は「もう退院してもいい」と言うが、熱が一向に下がらず、声もかすれている。1カ月が過ぎても快方に向かわない。川澄さんが再検査をお願いすると、合併症を発症し、心室に穴が空いていることが明らかになる。すぐに盛岡市の岩手医大病院に救急車で搬送され、緊急手術を受けた。</p><p class="">　12月24日、クリスマスイブに娘たちを連れて、お見舞いに訪れたが、すでに優さんに意識はなかった。</p><p>　けれども、と川澄は続ける。</p><p class="">「まさか、命にかかわるような容態だとは思っていなかったんです。大船渡病院の先生も退院できると話していました。それに昔、胃がんの手術を受け、入院したことがありましたが、あのときも元気に帰ってきましたから」</p><p class="">　川澄は、自分に言い聞かせるように、娘たちに話した。</p><p class="">「優さんのことだから『心配しなくても、大丈夫だよ』と、また元気になるよ」</p><p class="">  しかし母娘の思いは届かなかった。二日後に容態が急変する。</p><p class="">　12月28日2時45分に帰らぬ人となる。</p><p class="">　享年57。家族にとっては突然の、早すぎる死だった。</p><p class="">『震災学vol.15』（東北学院大学）山川徹「社会の財産とすべき死」より</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[【過去の事例】４歳の災害関連死②―熊本地震]]></title><link rel="alternate" href="https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/51816727/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/7e5f097289b02a96cf65d75e866aafbb_d9f518b8a78a55ffd319e5855f12ce10.jpg"></link><id>https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/51816727</id><summary><![CDATA[病気と地震とたたかった証　災害関連死――。貴士とさくらが、その言葉を知るのは、花梨の死から1カ月ほどした時期だった。親戚に花梨も災害関連死に該当するのではないかと教えられたのだ。　実は、当時、災害関連死に明確な定義はなかった。　一般的に、津波や洪水、揺れによる家屋倒壊など、災害の直接的な被害ではなく、避難生活の疲労や環境の悪化などの影響で、病気にかかったり、持病が悪化したりして亡くなるケースと考えられていた。　内閣府が災害関連死を次のように定義づけたのは、花梨の死から3年後の2019年4月である。　当該災害による負傷の悪化又は避難生活等における身体的負担による疾病により死亡し、災害弔慰金の支給等に関する法律（昭和48年法律第82号）に基づき災害が原因で死亡したものと認められたもの　災害弔慰金についてはのちに詳述するが、災害遺族の心痛や悲しみに対する市町村からの見舞金と考えるとわかりやすい。生計を担う人の場合は500万円、それ以外は250万円が支給される。　災害関連死の認定を受けるには、まず遺族が市町村の窓口に出向き、死因や、死と災害との関連性、病歴などを記した申請書を提出し、災害弔慰金支給の手続きをしなければならない。申請を受けた自治体は、その死に災害が影響しているかを検証する審査委員会を開く。そこで、災害との関連性がありとされれば、弔慰金が支払われ、災害関連死と認定される。認定を受ければ、災害遺族となり、奨学金や一人親世帯へのサポートなどが受けやすくなる。　遺族が申請しなかったり、そもそも遺族がいなかったりした場合は、どんなに災害の影響を多大に受けた死だとしても、統計上、災害関連死には数えられない。　当初、さくらは災害弔慰金を申請するつもりはなかったと語る。「正直に言えば、どうでもいいと思っていました。災害関連死に認められたとしても、花梨はもう帰ってこないわけですから」　彼女が申請に踏み切ったきっかけがある。　震災からしばらく経ったある日の地元メディアの報道である。花梨が入院した熊本市民病院の解体、再建を報じていた。まだ、熊本市民病院の入院患者がどのような被害を受けたのか、どう避難したのか、明らかになっていない時期だった。　病院の解体とともに、花梨だけでなく、あの日、入院していた子どもたちが被災した事実もなかったことにされるのではないか。さくらはとっさに危機感を覚えたのだ。　そんなとき災害関連死について話す夫の一言が、彼女の背中を押した。「花梨ががんばって病気と地震とたたかった証になるんじゃないかな」]]></summary><author><name>京丸</name></author><published>2024-03-10T15:15:21+00:00</published><updated>2024-03-10T22:38:18+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p class=""><b>病気と地震とたたかった証</b></p><p class="">　災害関連死――。貴士とさくらが、その言葉を知るのは、花梨の死から1カ月ほどした時期だった。親戚に花梨も災害関連死に該当するのではないかと教えられたのだ。</p><p class="">　実は、当時、災害関連死に明確な定義はなかった。</p><p class="">　一般的に、津波や洪水、揺れによる家屋倒壊など、災害の直接的な被害ではなく、避難生活の疲労や環境の悪化などの影響で、病気にかかったり、持病が悪化したりして亡くなるケースと考えられていた。</p><p>　内閣府が災害関連死を次のように定義づけたのは、花梨の死から3年後の2019年4月である。</p><p>　当該災害による負傷の悪化又は避難生活等における身体的負担による疾病により死亡し、災害弔慰金の支給等に関する法律（昭和48年法律第82号）に基づき災害が原因で死亡したものと認められたもの</p><p>　災害弔慰金についてはのちに詳述するが、災害遺族の心痛や悲しみに対する市町村からの見舞金と考えるとわかりやすい。生計を担う人の場合は500万円、それ以外は250万円が支給される。</p><p class="">　災害関連死の認定を受けるには、まず遺族が市町村の窓口に出向き、死因や、死と災害との関連性、病歴などを記した申請書を提出し、災害弔慰金支給の手続きをしなければならない。申請を受けた自治体は、その死に災害が影響しているかを検証する審査委員会を開く。そこで、災害との関連性がありとされれば、弔慰金が支払われ、災害関連死と認定される。認定を受ければ、災害遺族となり、奨学金や一人親世帯へのサポートなどが受けやすくなる。</p><p>　遺族が申請しなかったり、そもそも遺族がいなかったりした場合は、どんなに災害の影響を多大に受けた死だとしても、統計上、災害関連死には数えられない。</p><p class="">　当初、さくらは災害弔慰金を申請するつもりはなかったと語る。</p><p>「正直に言えば、どうでもいいと思っていました。災害関連死に認められたとしても、花梨はもう帰ってこないわけですから」</p><p>　彼女が申請に踏み切ったきっかけがある。</p><p>　震災からしばらく経ったある日の地元メディアの報道である。花梨が入院した熊本市民病院の解体、再建を報じていた。まだ、熊本市民病院の入院患者がどのような被害を受けたのか、どう避難したのか、明らかになっていない時期だった。</p><p class="">　病院の解体とともに、花梨だけでなく、あの日、入院していた子どもたちが被災した事実もなかったことにされるのではないか。さくらはとっさに危機感を覚えたのだ。</p><p>　そんなとき災害関連死について話す夫の一言が、彼女の背中を押した。</p><p class="">「花梨ががんばって病気と地震とたたかった証になるんじゃないかな」</p>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/7e5f097289b02a96cf65d75e866aafbb_d9f518b8a78a55ffd319e5855f12ce10.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<p class="" style="text-align: right;">（益城町　2016.4.18）</p><p class=""><b>終わらぬ後悔</b></p><p>　私はさくらの回想を聞きながら、熊本市民病院に耐震設計がなされ、防災措置がとられたら花梨は命を落とさなくてもすんだのではないか、と思わずにはいられなかった。</p><p>　1946年に開設した熊本市民病院は、1979年に南館、1984年に北館、2001年に新館と、増築を繰り返してきた。老朽化した南館は耐震基準を満たさず、北館も耐震強度が充分ではないと指摘されてきた。花梨が入院したＩＣＵは、もっとも古い南館2階だった。</p><p>「話せば、話すだけ、後悔が思い出されますね」とさくらは力ない笑みを浮かべた。</p><p class="">　なぜ、手術の承諾書にサインしたのか。病院の老朽化はわかっていたのに、なぜ、ほかの病院に入院しなかったのか。術後にセカンドオピニオンを受け、転院できたかもしれないのに、なぜ、熊本市民病院に残ったのか。</p><p class="">　なぜ、なぜ、なぜ……。</p><p class="">　その後悔は、たぶん消えることはないのだろう。それは貴士とさくらだけではない。</p><p class="">　災害関連死をめぐる現場では、遺族の後悔と、目の前で苦しむ大切な人を助けられなかった人たちの自責の念が、幾重にも積もっている。それは、阪神・淡路大震災以降に災害関連死に認定された5000件を遙かに上回る。</p><p>　自然災害は、リスクを抱える人や、社会的立場の弱い人により大きく長い影響を与える。</p><p class="">　2020年に新型コロナ感染が広まり、既往症や基礎疾患を持つ人、高齢者が重症化するリスクがあると周知された。リスクを持つからこそ、疾患や障害、その人が置かれた立場に対する理解と、個別支援が必要になる。自然災害の現場も、まさにそうだ。</p><p class="">　次のさくらの話に、災害関連死について考えるヒントがある。</p><p class="">「花梨のことをたくさんの人に知ってほしいと思っているわけではないんです。私たちが考えてほしいのは、どうしたら花梨が助かったか、ということ。もしかしたら、病院の耐震設計の問題があったかもしれない。災害時に転院する場合はどうするのか。混雑や渋滞をどう回避するのか……。花梨のような子ってたくさんいますよね。いままさにＩＣＵで治療を受ける子も、手術を待つ子もいる。そんな子どもたちが入院する病院を今日、明日、地震がおそうかも知れません。どうやったら花梨が助かったかを考えることが同じような子どもたちを守ることにつながるのかな、と」</p><p>　そう。震災前から適切な防災措置が施され、なおかつ災後に迅速かつ被災者個々のニーズに合った支援が行われたら、阪神・淡路大震災以降に災害関連死に数えられた5000人以上が救われた可能性があった。</p><p>　それに、と彼女は続けた。</p><p class="">「基礎疾患があるから、震災で亡くなっても仕方がないと思われるのがくやしいんです。地震がなければ、あと1週間、1カ月、1年……生きられたかもしれない。家族にとっては、最期の3日が、1週間が、とても大切な時間です。1時間でも、30分でもいいから一緒にいたい……。きっとみんなそう思うのではないでしょうか」</p>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/4d6567c3f235ab13b626eba3b24f1511_1d80a7a464bc662ed2b208bcf6415a0c.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<p class="" style="text-align: right;">（阿蘇神社　2016.4.20）</p><p class=""><b>それぞれの被災体験に耳を傾ける</b></p><p>　自然災害は、人間の身体や心に、人生にどのような影響を与えるのか。<br></p><p>　その問いに対する明確な答えを持つ者はいないだろう。</p><p>　人は誰もが必ず死ぬ。</p><p class="">　ただ、5000の災害関連死があれば、5000通りの被災のありようがあったはずだ。災害の性質、被災した人たちの生活環境や取り巻く社会状況、職業、年齢、資産、性別、健康状態、家族構成などで、災後の生き方も、死に方も変わっていく。</p><p class="">　自然災害の被害を防ぐのは、限界がある。だからこそ、災害関連死をひとつひとつ検証する必要がある。死のプロセスをたどる作業が、災害が人や社会に与えた影響を浮かび上がらせる。その積み重ねから、支援の適切なあり方を、あるべき防災措置や災害対策を導き出せるはずだ。</p><p class="">　災害関連死は、亡くなった人の最期の声、と言われる。</p><p class="">　最期の声に耳を傾ければ、自然災害を生き延びる手がかりをえられるのではないか。生き残った者たちが、遺された声をくみ取り、次に起こる自然災害の支援や政策に活かし、復興から取り残される人をひとりでも減らすべきなのではないか。</p><p class="">　小さな声に耳を貸さない社会。それは、リスクを抱える人や、社会的立場の弱い人、そして残された遺族の思いを、一顧だにせずに自助と自己責任だけを押しつけてくるディストピアである。</p><p class="">　災害で命を喪った人が発した最期の声は、災害が多発する、いまを生きる私たちへの遺言なのではないかと感じるのだ。</p><p>　　　　　　　　山川徹著『最期の声　ドキュメント災害関連死』（ＫＡＤＯＫＡＷＡ）より</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[【過去の事例】４歳の災害関連死①―熊本地震]]></title><link rel="alternate" href="https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/51816713/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/87d709996fa0633e66837b44d53f656c_23eecb842b29776fda88cb0e5e2f0274.jpg"></link><id>https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/51816713</id><summary><![CDATA[災害5日後の死　リビングの半分近くを占めるスペースが、原色で彩られていた。その鮮やかさと、明るさに反比例し、悲しみと喪失感の深度が増すように思えた。　遺品のひとつひとつが、幼い子をひとり逝かせてしまった家族のやりきれなさを物語っているように感じたのだ。　目を引くのは、小さな仏壇の隣の真新しいピンク色のランドセルである。床には『アナと雪の女王』のキャラクターたちが描かれたマットが敷かれ、赤、ピンク、黄、オレンジ、青、紫と色とりどりの子ども靴が数足、置かれていた。オラフ、くまモン、ドキンちゃん、キューピーちゃん、プーさん、メルちゃん……。棚やテーブルには、数え切れないほどのぬいぐるみや人形が並び、壁には黄色と青色のワンピースが吊され、小型のハンガーラックにはファンシーな色の傘やバッグなどの小物がかけられていた。　フォトフレームには、在りし日の写真が幾葉もおさめられている。無心にかき氷を頬張る様子、絵を描く姉を楽しそうに見つめる姿、おしゃまな感じで頬杖をついて浮かべた笑顔……。写真のなかの幼い女の子――宮崎花梨は、2016年に発生した熊本地震の犠牲者のひとりである。　花梨の母、宮崎さくらは、遺影に手を合わせた私に語りかけた。「生きていれば、ちょうど九歳です。小学3年生になっていました」　さくらは、愛娘についてゆっくりと振り返る。熊本の方言だろうか。淡々としながらもふとした瞬間に語尾を少しだけ伸ばす口調が、母親らしい優しさと温もりを感じさせる。　彼女は、遺品を飾ったスペースに目をやった。「片付けたり、整理したりすると花梨に悪い気がしてしまうんです。片付けたら花梨はどう感じるかなって。もしも『私のこと忘れちゃったの？』と思ったらかわいそうだから……。花梨が亡くなってから、主人と私、長女の柑奈の三人で暮らしているんですが、ご飯はずっと4人分つくっています。お姉ちゃんにお菓子を買うときも、同じお菓子を二つ買ってしまう。そうしないと私自身が落ち着かないんです。花梨が亡くなったから、お菓子はひとつでいい、ご飯は3人分でいいとはどうしても思えなくて……」　花梨の命日は、2016年4月21日。熊本地震本震の5日後である。　4歳の早すぎる死だった。]]></summary><author><name>京丸</name></author><published>2024-03-10T15:10:02+00:00</published><updated>2024-03-10T22:38:03+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p><b>災害5日後の死</b></p><p>　リビングの半分近くを占めるスペースが、原色で彩られていた。その鮮やかさと、明るさに反比例し、悲しみと喪失感の深度が増すように思えた。</p><p>　遺品のひとつひとつが、幼い子をひとり逝かせてしまった家族のやりきれなさを物語っているように感じたのだ。</p><p class="">　目を引くのは、小さな仏壇の隣の真新しいピンク色のランドセルである。床には『アナと雪の女王』のキャラクターたちが描かれたマットが敷かれ、赤、ピンク、黄、オレンジ、青、紫と色とりどりの子ども靴が数足、置かれていた。オラフ、くまモン、ドキンちゃん、キューピーちゃん、プーさん、メルちゃん……。棚やテーブルには、数え切れないほどのぬいぐるみや人形が並び、壁には黄色と青色のワンピースが吊され、小型のハンガーラックにはファンシーな色の傘やバッグなどの小物がかけられていた。</p><p>　フォトフレームには、在りし日の写真が幾葉もおさめられている。無心にかき氷を頬張る様子、絵を描く姉を楽しそうに見つめる姿、おしゃまな感じで頬杖をついて浮かべた笑顔……。写真のなかの幼い女の子――宮崎花梨は、2016年に発生した熊本地震の犠牲者のひとりである。</p><p>　花梨の母、宮崎さくらは、遺影に手を合わせた私に語りかけた。</p><p>「生きていれば、ちょうど九歳です。小学3年生になっていました」</p><p>　さくらは、愛娘についてゆっくりと振り返る。熊本の方言だろうか。淡々としながらもふとした瞬間に語尾を少しだけ伸ばす口調が、母親らしい優しさと温もりを感じさせる。</p><p>　彼女は、遺品を飾ったスペースに目をやった。</p><p>「片付けたり、整理したりすると花梨に悪い気がしてしまうんです。片付けたら花梨はどう感じるかなって。もしも『私のこと忘れちゃったの？』と思ったらかわいそうだから……。花梨が亡くなってから、主人と私、長女の柑奈の三人で暮らしているんですが、ご飯はずっと4人分つくっています。お姉ちゃんにお菓子を買うときも、同じお菓子を二つ買ってしまう。そうしないと私自身が落ち着かないんです。花梨が亡くなったから、お菓子はひとつでいい、ご飯は3人分でいいとはどうしても思えなくて……」</p><p>　花梨の命日は、2016年4月21日。熊本地震本震の5日後である。</p><p class="">　4歳の早すぎる死だった。</p>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/2297606/87d709996fa0633e66837b44d53f656c_23eecb842b29776fda88cb0e5e2f0274.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<p class="" style="text-align: right;"><b>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</b>（宮崎家のリビング　2020.10.22）</p><p class=""><b>最悪の結末</b></p><p class="">　私は、2004年の新潟県中越地震をきっかけに、2008年の岩手・宮城内陸地震、東日本大震災、熊本地震と発災直後に被災地に足を運んできた。町が壊され、命が喪われた現場に何度も通った。</p><p>　当初は、直後の破壊に目を奪われたが、やがて気づいた。自然災害により、大切な人や日常を奪われて、喪失感や絶望を抱えながら、心身の健康を少しずつむしばまれていく人たちが少なからずいるのだ、と。</p><p>　自然災害で犠牲となるのは、直接的な被害をこうむった人だけではない。災害にかかわる様々な場面で、人は傷つき、心を痛め、目に見えないダメージを受ける。</p><p>　最悪の結末が、死だ。</p><p>　大災害を生き延びたにもかかわらず、避難生活の影響で持病が悪化して死期を早めたり、大切な人を亡くしたりした喪失感から心身に不調をきたし、自ら命を絶つ人もいる。</p><p>　そうした悲劇を、災害関連死と呼ぶ。</p><p>　私が災害関連死に関心を抱いたのは、3・11から1年ほどが過ぎた時期である。被災地で暮らす知人が突然、亡くなった。自死が疑われた。そのころ被災地で自死について頻繁に耳にするようになった。また3・11をきっかけに知り会った被災者のひとりが、急に体調を崩し、障害を負った。</p><p>　大災害を生き延びた人が、なぜ自ら命を絶たねばならなかったのか。なぜ、障害を負うほど健康を害したのか。調べていくうち、災害関連死に行き着いたのである。</p><p>　1995年の阪神・淡路大震災後に、災害関連死という言葉が日本ではじめて登場した。以降、26年間で自然災害の直接的な被害で命を落とした犠牲者は約2万人。対して、災害関連死は約5000人を数える。</p><p>　揺れや津波、洪水、土砂崩れなどの直接の被害は免れたものの、その後、5000人以上が命を落としたのである。これから本書で検証していくが、おそらく5000という数字は氷山の一角に過ぎない。</p><p>　熊本地震では、直接死は50人だったが、災害関連死は直接死の4倍を越える212人に上った。花梨もそのひとりである。</p><p class="">　調べるなかで、宮崎さくらと夫の貴士が災害関連死について積極的に発信していると知り、秋雨にぬれる熊本県合志市を訪ねたのは2020年10月下旬のことだ。</p><p>　いまも、家族は新しい一軒家が並ぶ住宅街に暮らしている。公園や子どもが遊べる小さなスペースがあちこちにある、子育てがしやすそうな町だった。</p><p>　観測史上はじめて二度も震度７の揺れにおそわれた熊本地震から4年6カ月が過ぎていた。それは、花梨が短い生涯を閉じてから、宮崎家に流れた歳月でもあった。</p><p>「アナと雪の女王」が好きな女の子</p><p>　北海道札幌市生まれで熊本市育ちの貴士と、熊本市出身のさくらは、同じ1979年生まれ。専門学校卒業後に就職したデザイン関連会社で出会って、結婚した。2009年に長女の柑奈が生まれ、2年後に次女、花梨が誕生した。</p><p>　小柄だった柑奈に比べ、花梨は見るからに健康そうな赤ん坊だった。しかし、生後すぐの検査で、心臓の雑音が確認される。詳しく調べて、完全型房室中核欠損症だと診断された。心臓に小さな穴が空いているという。</p><p>　とはいえ、生まれたとき100人にひとりは心臓に異常があると言われる。珍しい疾患ではない。自然治癒する場合もあれば、手術で根治するケースもある。運動を制限して服薬を続けたり、ペースメーカーを装着したりしながら日常生活を送る人は少なくない。</p><p>　医師は、手術して心臓の穴さえ塞げば、根治し、幼稚園にも学校にも普通に通えると話した。花梨が最初の手術を受けたのは、生後2カ月後のことだ。</p><p>　鼻に装着し、酸素を供給するチューブを手放せない花梨だったが、疾患を抱えているとは思えないほど、元気に育った。家では、歌って踊り、姉の柑奈が公園に行く、と家を飛び出せば、三輪車であとを追った。近所の子どもたちと同じように一緒に走り回り、滑り台を滑り、ときには山登りもした。</p><p>「アナと雪の女王」が大好きな明るく、屈託のない女の子だった。</p><p><b>幼稚園に通いたい</b></p><p>　2015年10月、4歳になった花梨にはひとつの目標ができた。翌年の4月から、姉の柑奈と同じ幼稚園に通うこと。そのためには、1月末に手術を受けて、入院しなければならない。過去2度の手術を経験した花梨にとっては、最後の手術になる予定だった。</p><p class="">　花梨は、幼稚園という新たな世界に、胸を高鳴らせて、楽しみにしていたに違いない。</p><p>　術後も経過観察で酸素供給が必要だが、夏になれば、チューブを外し、健康な子どもたちとまったく同じ生活ができる、はずだった。花梨だけではなく、貴士とさくらもそう信じて疑いもしていなかった。</p><p>　2016年1月27日、小児心臓外科がある熊本市民病院で行われた手術は成功したが、予後が思わしくない。ＩＣＵには家族は入れない。4歳の子どもにとっても、看病する家族にとっても、不安を抱えた闘病生活が続いた。</p><p>　1週間ほどＩＣＵで過ごした花梨は、家族と時間を過ごすために一般病棟に移るが、合併症を発症する。小児の症例が珍しい間質性肺炎だった。大人への治療を参考にし、人工呼吸器を装着し、睡眠剤で眠らせながら投薬などを行った。しばらくすると薬の副作用で腎臓に負担がかかり、人工透析を余儀なくされる。</p><p>　当初、血液透析という方法だったが、思うように改善しない。そこで4月14日、身体への負担が少ない腹膜透析に切り替えた。特殊なフィルターを搭載した機械で、血液中の老廃物や不要な水分を取り除く血液透析に対し、腹膜透析は患者自身の腹膜を透析膜として利用する手法である。</p><p>　その選択が、夫婦に希望をもたらした。症状に明らかな改善が見られたのである。</p><p>　けれども、その日の午後9時16分、震度７の揺れが熊本市をおそう。</p><p>　さくらは合志市の自宅で被災したが、仕事で外出中だった貴士が熊本市民病院に急いでた。夜間であり、娘には会えなかったが、症状に異常はなかった。まだ予断を許さない状況だったが、貴士とさくらはひとまず胸をなで下ろした。余震は続いていたが、熊本が2度も震度７の激震におそわれるとは想像すらしていなかったのである。</p><p><b>2度目の震度７</b></p><p class="">　震度７から28時間が過ぎた4月16日午前1時25分。不測の事態に備え、病院から近い熊本市内の生家に宿泊したさくらは、突き上げるような振動で目を覚ます。揺れが激しすぎ、動けない。停電で町から一切の明かりが消えた。おさまったかと思った瞬間、すぐに余震に見舞われる。入院中の娘を思うが駆け付けられる状況ではなかった。そんなさなか、主治医から電話があった。</p><p>「転院に承諾してください」</p><p>　医師は切迫した口調で語った。余震のさなか、ほかの病院に移すのは危険なのではないか。そう考えたさくらは「病院に残してください」とお願いしたが、医師から信じられない言葉が返ってきた。</p><p>「病院が倒壊する恐れがあります」</p><p>　午前3時ころ、熊本市民病院は、外来診療だけでなく、入院治療も停止し、すべての患者の転院を決定する。</p><p>　本震から約6時間後の午前7時30分ごろ、さくらは市民病院二階のＩＣＵにようやくたどり着いた。</p><p>　病院に残る入院患者は、花梨ひとり。さくらは、本震後に娘の命を守ろうとする医療スタッフの姿を目の当たりにする。</p><p>　余震のたび、医師や看護師たちは花梨の小さな身体に覆い被さり、点滴や医療機器が倒れないよう身を挺した。子どもからの電話に対して「ごめん、パパはお仕事でまだ帰れないんだ」と話した医療スタッフも、懸命に花梨の治療にあたっていた。災害医療の現場のただなかで、彼女は切実に願った。</p><p>　先生も看護師さんもみんな私たちと同じ被災者で、みんな大切な家族がいる。ここにいたら花梨だけではなく、先生や看護師さんみんなが危険にさらされてしまう。みんなが安全な場所にできるだけ早く避難してほしい。</p><p>　花梨の転院先は、福岡市の九州大学病院に決まっていた。けれども人工呼吸器を装着しているうえ、10本の輸液ポンプが必要だったために、病院に待機する救急車での搬送が難しかった。</p><p>　花梨をどう搬送するか。</p><p class="">　ドクターヘリや、自衛隊の大型救急車での搬送も検討されたが、実現にはいたらなかった。だが、病院の救急車が搭載する医療機器などを下ろすと、輸液ポンプを積むスペースをつくれるとわかった。それでも人工呼吸器は積み込めない。</p><p>　正午前、花梨を乗せた救急車が、病院を出発する。人工呼吸器の代わりに、主治医が手動ポンプで酸素を送りながら福岡を目指したのだ。</p><p>　救急車は、花梨の身体に負担を掛けぬよう、二度の激震でダメージを受けた町を慎重に進んでいく。自家用車で救急車のあとを追いながら、さくらは九州で一番の設備が整う九州大学病院なら、劇的に快復するはずだ、と信じていた。</p><p>　救急車は、ふだん1時間半ほどの道のりを約3時間かけ、九州大学病院に到着した。ホッとしたさくらだったが、検査を終えた医師につらい現実を告げられる。</p><p>「熊本に帰れる可能性はほとんどありません。あったとしても数％……」</p><p>　彼女は、当時の複雑な気持ちを口にする。</p><p>「それまで、ダメかもしれないなんて、まったく思っていませんでした。でも先生の話を聞き、覚悟しました……いえ、まだ数％の可能性が残っている。一緒におうちに帰れるかも知れないという希望は捨てられなかった」</p><p>　搬送中、腹膜透析を中断したせいで、花梨の全身はいままで見た経験がないほど、むくんでいた。九州大学病院で、ふたたび血液透析に切り替えた。</p><p>「身体のあちこちの動脈に何本も何本も点滴をさすんです……。それがかわいそうで……」とさくらは腕や首をさするような仕草をして、ぽつりとこぼした。</p><p>「あとは、日に日に……」</p><p>　花梨が息を引き取ったのは、転院から5日後のことである。母は、病と災害と闘った幼い娘に、いたわりの声をかけることしかできなかった。</p><p>　よくがんばったね。偉かったね。早くおうちに帰ろうね……。</p><p>　　　　　　　　山川徹著『最期の声　ドキュメント災害関連死』（ＫＡＤＯＫＡＷＡ）より</p><p><br></p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[【コラム】事例の集積・分析の必要性]]></title><link rel="alternate" href="https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/52061782/"></link><id>https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/52061782</id><summary><![CDATA[（筆者　弁護士　在間文康）　私は、東日本大震災の1年後の2012年2月から2016年10月まで、陸前高田市に常駐して活動をしていましたが、災害関連死（震災関連死）の問題に数多く接してきました。　災害関連死に関しては、多くの報道がされていますが、重要な問題が見過ごされているように感じています。　災害関連死について考えるとき、私にとって、特に印象深いある男性（「Ａさん」とします）の件があります。　Ａさんは、東日本大震災の津波被害で自営していた店舗を失いました。高台の住居は被災を免れましたが、収入の一切が絶たれてしまいました。事業ローンや子ども達の進学費用、生活費を捻出しなければならず、店舗の早期再開を目指しましたが、被災した市内で用地を確保することはままならず、時間だけが経過していきました。Ａさんは、焦り、不安などのストレスから、不眠に陥り、持病の高血圧症も急激に悪化していきました。そして、震災から9か月後、Ａさんは心筋梗塞が原因で亡くなられました。　Ａさんの妻は、Ａさんの死は「災害関連死」にあたるのではないかと考え、災害弔慰金の申請を行いました。しかし、市からは、Ａさんには震災前から既往症があったなどの理由で、申請を却下されてしまいました。　Ａさんの妻は、納得ができず、訴訟を提起しました。訴訟では、既往症があったとしても、震災によるストレスがそれを悪化させ、死に繋がったとの裁判所の判断が下されて、最終的に災害関連死と認められました。　Ａさんの妻は、最初の申請から約3年の時を経て、ようやく、震災で亡くなった者の遺族として扱われるようになりました。　災害弔慰金の支給等に関する法律３条は、「災害により」死亡した者の遺族に対して災害弔慰金を支給すると定めており、直接死に限定せず、死亡と災害の間の関連性（災害関連性）が認められれば、関連死も対象とされます。　災害関連性の有無は、自治体に設置された審査会において判断されることになりますが、多くの事例で、死亡の原因が、災害によるのか、その他の要因によるのかの境界があいまいで、その判断は容易ではありません。私は、ある自治体で、審査会の委員を務めていましたが、災害関連性の有無の判断は、本当に難しく、大変苦労しました。　そのため、災害関連性の判断のばらつきを防止するために、統一基準が策定されるべきであるという声があります。　しかし、私は、「基準ができれば、正しい判断ができるようになるはずだ」と安直に捉えている見解には違和感を覚えます。　災害の種類や規模、地域によって、被災者が受ける影響は千差万別です。例えば、新潟県中越地震では発災から3年2か月後には仮設住宅の入居者数はゼロとなったのに対し、東日本大震災では発災から8年が経過してもなお3000人以上の被災者が仮設住宅での生活を余儀なくされています。また、個々の事案毎に、死因や災害前後の生活状況、災害で生じた被害など、災害から死亡に至る経緯は多種多様で、同一の案件は一つもありません。　この災害関連死の特性を無視して、安易に基準を策定し、個々の事案に当てはめようとすると、かえって、実態に即さない不当な認定結果を導くおそれが強くなります。　審査基準を設けるのであれば、少なくとも、過去の災害関連死の事例が十分に分析され、その結果を基にして策定されなければなりませんが、これまでに、過去の災害関連死の事例の分析は、ほとんど行われていません。　Ａさんの事案に戻ります。Ａさんの妻は、Ａさんの死が災害関連死と認められたことで、ようやく災害弔慰金の支給を受けましたが、それまで、Ａさんや妻は、「被災者」として扱われていませんでした。　被災者生活再建支援法では、「被災者」とは住居の被害を受けた者のことをいい、住居の被災を免れたＡさんには、支援金は支給されなかったのです。つまり、現行の被災者支援制度では、Ａさんのような「生業を失った方」に対する支援が漏れてしまっているのです。　仮に、Ａさんが存命中に、生業に対する支援として支援金が支給されていればどうだったでしょうか。Ａさんの焦りや不安は、少なからず、和らぎ、命を失うことはなかったかもしれません。　Ａさんの死は、現行の被災者支援制度の問題点を炙り出しているのです。被災者生活再建支援法に、生業に対する支援が盛り込まれれば、将来の災害で、Ａさんと同じような立場の多くの人々を救うことができるかもしれません。　Ａさんの事案だけでなく、あらゆる災害関連死の事案には、その死を防ぐための手がかりが残されているのです。　災害関連死は、被災後に苦しみ、無念にも命を落とされた方々の最期の声であり、将来の災害で同じ犠牲を生まないための遺訓が込められています。　災害関連死の事例は、災害弔慰金の支給主体である自治体が保有しており、これまで、国で統一的に収集されておらず、十分な分析もされていません。　これまで述べてきたとおり、過去の災害関連死の事例を集積し、分析していくことは、極めて重要で、それを縦断的、横断的に行うことができるのは、国以外にありません。　日本弁護士連合会は、2018年8月に、「災害関連死の事例の集積、分析、公表を求める意見書」を出し、事例の分析を実効的に行うために、調査機関を設置すること等を提言しました。　内閣府は、2021年4月に災害関連死事例集を公表し、2023年5月に増補版が示されました。　https://www.bousai.go.jp/taisaku/hisaisyagyousei/kanrenshijirei.html　国によって、災害関連死の事例が集積、整理がされたことは大きな一歩ではありますが、掲載されている事例は約200例と僅かです。また、「どうすればその命を救うことができたのか」という視点からの分析はされていません。　私たちは、この災害大国に暮らす以上、いつ自分や家族が被災者の立場に置かれてもおかしくありません。　無念にも災害で命を落とされた方々の最期の声に耳を傾け、将来への遺訓とすることは、決して先送りの許されない、私たちの責務と言えるでしょう。　国によって、災害関連死の過去の事例の集積、分析が行われることを強く望みますし、そのための活動を続けていきたいと思います。]]></summary><author><name>zaima-soraumi</name></author><published>2024-03-10T15:05:47+00:00</published><updated>2024-03-10T22:37:49+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>（筆者　弁護士　在間文康）</p><p>　私は、東日本大震災の1年後の2012年2月から2016年10月まで、陸前高田市に常駐して活動をしていましたが、災害関連死（震災関連死）の問題に数多く接してきました。<br></p><p>　災害関連死に関しては、多くの報道がされていますが、重要な問題が見過ごされているように感じています。</p><p>　災害関連死について考えるとき、私にとって、特に印象深いある男性（「Ａさん」とします）の件があります。</p><p>　Ａさんは、東日本大震災の津波被害で自営していた店舗を失いました。高台の住居は被災を免れましたが、収入の一切が絶たれてしまいました。事業ローンや子ども達の進学費用、生活費を捻出しなければならず、店舗の早期再開を目指しましたが、被災した市内で用地を確保することはままならず、時間だけが経過していきました。Ａさんは、焦り、不安などのストレスから、不眠に陥り、持病の高血圧症も急激に悪化していきました。そして、震災から9か月後、Ａさんは心筋梗塞が原因で亡くなられました。</p><p>　Ａさんの妻は、Ａさんの死は「災害関連死」にあたるのではないかと考え、災害弔慰金の申請を行いました。しかし、市からは、Ａさんには震災前から既往症があったなどの理由で、申請を却下されてしまいました。</p><p>　Ａさんの妻は、納得ができず、訴訟を提起しました。訴訟では、既往症があったとしても、震災によるストレスがそれを悪化させ、死に繋がったとの裁判所の判断が下されて、最終的に災害関連死と認められました。</p><p>　Ａさんの妻は、最初の申請から約3年の時を経て、ようやく、震災で亡くなった者の遺族として扱われるようになりました。</p><p>　災害弔慰金の支給等に関する法律３条は、「災害により」死亡した者の遺族に対して災害弔慰金を支給すると定めており、直接死に限定せず、死亡と災害の間の関連性（災害関連性）が認められれば、関連死も対象とされます。</p><p>　災害関連性の有無は、自治体に設置された審査会において判断されることになりますが、多くの事例で、死亡の原因が、災害によるのか、その他の要因によるのかの境界があいまいで、その判断は容易ではありません。私は、ある自治体で、審査会の委員を務めていましたが、災害関連性の有無の判断は、本当に難しく、大変苦労しました。</p><p>　そのため、災害関連性の判断のばらつきを防止するために、統一基準が策定されるべきであるという声があります。</p><p>　しかし、私は、「基準ができれば、正しい判断ができるようになるはずだ」と安直に捉えている見解には違和感を覚えます。</p><p>　災害の種類や規模、地域によって、被災者が受ける影響は千差万別です。例えば、新潟県中越地震では発災から3年2か月後には仮設住宅の入居者数はゼロとなったのに対し、東日本大震災では発災から8年が経過してもなお3000人以上の被災者が仮設住宅での生活を余儀なくされています。また、個々の事案毎に、死因や災害前後の生活状況、災害で生じた被害など、災害から死亡に至る経緯は多種多様で、同一の案件は一つもありません。</p><p>　この災害関連死の特性を無視して、安易に基準を策定し、個々の事案に当てはめようとすると、かえって、実態に即さない不当な認定結果を導くおそれが強くなります。</p><p>　審査基準を設けるのであれば、少なくとも、過去の災害関連死の事例が十分に分析され、その結果を基にして策定されなければなりませんが、これまでに、過去の災害関連死の事例の分析は、ほとんど行われていません。</p><p>　Ａさんの事案に戻ります。Ａさんの妻は、Ａさんの死が災害関連死と認められたことで、ようやく災害弔慰金の支給を受けましたが、それまで、Ａさんや妻は、「被災者」として扱われていませんでした。</p><p>　被災者生活再建支援法では、「被災者」とは住居の被害を受けた者のことをいい、住居の被災を免れたＡさんには、支援金は支給されなかったのです。つまり、現行の被災者支援制度では、Ａさんのような「生業を失った方」に対する支援が漏れてしまっているのです。</p><p>　仮に、Ａさんが存命中に、生業に対する支援として支援金が支給されていればどうだったでしょうか。Ａさんの焦りや不安は、少なからず、和らぎ、命を失うことはなかったかもしれません。</p><p>　Ａさんの死は、現行の被災者支援制度の問題点を炙り出しているのです。被災者生活再建支援法に、生業に対する支援が盛り込まれれば、将来の災害で、Ａさんと同じような立場の多くの人々を救うことができるかもしれません。</p><p>　Ａさんの事案だけでなく、あらゆる災害関連死の事案には、その死を防ぐための手がかりが残されているのです。</p><p>　災害関連死は、被災後に苦しみ、無念にも命を落とされた方々の最期の声であり、将来の災害で同じ犠牲を生まないための遺訓が込められています。</p><p>　災害関連死の事例は、災害弔慰金の支給主体である自治体が保有しており、これまで、国で統一的に収集されておらず、十分な分析もされていません。</p><p>　これまで述べてきたとおり、過去の災害関連死の事例を集積し、分析していくことは、極めて重要で、それを縦断的、横断的に行うことができるのは、国以外にありません。</p><p>　日本弁護士連合会は、2018年8月に、「災害関連死の事例の集積、分析、公表を求める意見書」を出し、事例の分析を実効的に行うために、調査機関を設置すること等を提言しました。</p><p>　内閣府は、2021年4月に災害関連死事例集を公表し、2023年5月に増補版が示されました。</p><p>　https://www.bousai.go.jp/taisaku/hisaisyagyousei/kanrenshijirei.html<br></p><p>　国によって、災害関連死の事例が集積、整理がされたことは大きな一歩ではありますが、掲載されている事例は約200例と僅かです。また、「どうすればその命を救うことができたのか」という視点からの分析はされていません。</p><p>　私たちは、この災害大国に暮らす以上、いつ自分や家族が被災者の立場に置かれてもおかしくありません。</p><p>　無念にも災害で命を落とされた方々の最期の声に耳を傾け、将来への遺訓とすることは、決して先送りの許されない、私たちの責務と言えるでしょう。</p><p>　国によって、災害関連死の過去の事例の集積、分析が行われることを強く望みますし、そのための活動を続けていきたいと思います。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[【お知らせ】ホームページを開設しました]]></title><link rel="alternate" href="https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/52195002/"></link><id>https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/52195002</id><summary><![CDATA[2024年3月11日、ホームページを開設しました。]]></summary><author><name>zaima-soraumi</name></author><published>2024-03-10T15:00:23+00:00</published><updated>2024-03-10T22:39:28+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>2024年3月11日、ホームページを開設しました。</p>
		</div>
	]]></content></entry></feed>