【過去の事例】突きつけられた〈関連性なし〉②―3・11


震災遺族となった母娘

「災害関連死、という言葉すら知りませんでした」

 そう振り返る語る川澄さんは、知人に災害関連死について教えられる。

 夫は地震と津波によって、体調を悪化させて命を落とした。そう信じて疑っていなかった川澄さんは、市の窓口に申請書を提出した。だが、夫の死から半年が過ぎた2012年5月に信じがたい通知が届く。

〈関連性なし〉

 ちょうどその頃、川澄さんは、被災ローンの減免制度について、在間さんに相談していた。そんななか、ふと〈関連性なし〉の話題になった。在間さんは、優さんの死をどう受け止めたのだろうか。

「詳しく話を聞くと、震災に起因する環境の変化や、今後の生活への不安といった非常に強いストレスが持病の高血圧の悪化に結びつき、心筋梗塞を発症していたようでした。その上、優さんは仕事を失って、身体を動かす機会もなくなり、インスタント食品などの支援物資を中心とした食生活を余儀なくされていた。前回提出していなかったカルテや診断書などを添付し、申請し直せば、災害関連死に認められる可能性は充分にあると感じました」

 そもそも、と彼は災害関連死の問題点を解説する。

「まず申請の問題があります。遺族は病院から医療記録や看護記録を集めて、事実関係を整理しなければなりません。家族を亡くした心理的な負担を抱えるなか、災害と家族の死についての因果関係を証明して、申請書を作成しなければならないのです」

 もしも遺族が災害関連死について知らず、申請しなかった場合はどうなるのか。行政が検証し、犠牲者の災害関連死にカウントしていくのか。在間さんは続ける。

「その点も大きな問題です。災害の影響がどれほど大きかったとしても、遺族の申請がないとその死はただの病死や突然死として扱われてしまう。天涯孤独の人が亡くなっても災害関連死とは扱われません。その人の死がどんな影響を災害から受けたのか、誰も検証しないのです」

 さらに審査基準の問題がある。災害関連死には、全国一律に明確な基準がもうけられていないために、自治体や審査会によって、認定率や判断にばらつきが出てしまっているのである。実は、内閣府が災害関連死を以下のように定義したのは、2019年4月のこと。

〈当該災害による負傷の悪化又は避難生活等における身体的負担による疾病により死亡し、災害弔慰金の支給等に関する法律(略)に基づき災害が原因で死亡したもの(略)〉

 まだ、政府や専門家の間でも災害関連死に対する考え方が共有されているとは言いがたい。そんな状況のなかで、大きな問題のひとつが、審査基準をどうつくるのかである。

 ただし、と在間さんは指摘する。

「基準に関しては様々な意見がありますが、私は基準をもうけるのには慎重な立場です。同じ災害だとしても、地域や人によって、影響は異なります。基準に固執した結果、実情や実態からかけ離れた判断を導く恐れがある。だからこそ、それぞれの審査会で、個別、丁寧に検証していくべきだと考えています」

 2013年5月、在間さんからアドバイスを受けた川澄さんは、病院などから新たな資料を取り寄せて、再度、申請書を提出した。しかし2カ月後、2度目の〈関連性なし〉の知らせが届く。

「ショックでした」と在間さんは言う。

「関連性なしの理由が、高血圧の持病があるのに、服薬を怠ったから……。服薬も含めて、食事や通院、運動など、当時、震災前後で同じ生活を送れる状況ではなかったでしょう。それに、読みようによっては、まるで亡くなったのは薬を飲まなかった優さんの責任だ、とも受け取れました。川澄さんも非常にショックを受けておられました」

 川澄さんもやりきれなさをにじませる。

「どんどん体調が悪くなる姿を見ていますから、震災の影響がなかったと言われても……。しかも申請してから結果が届くまで、たったの2カ月くらい。本当に真剣に見てくれたのだろうか、役所や審査してくださる方々に私たちの思いが届いているのだろうか、と。不安というか、納得ができないというか……。通知書に書かれた言葉ひとつ、ひとつを、とても敏感に受け止めたのを覚えています」

そう、法廷で、川澄さんは繰り返し語っていた。

「納得できない」「泣き寝入りしたくない」……。

 彼女は勇気を振り絞り、ふるさとを訴えた。夫は災害に命を奪われた、という事実を証明するために。

 盛岡地方裁判所が判決を下したのは、2015年3月のこと。川澄さんの主張を全面的に認めて、優さんを災害関連死と認定したのである。

 優さんが亡くなり、3年が過ぎていた。川澄さんと三人の娘は、はじめて3・11の被害者遺族となった。

 大学に進学した川澄さんの次女は、災害遺児を支援する団体から、入学金と授業料のサポートを受けて卒業し、いまは社会人として働いている。川澄さんは言う。

「裁判までやってよかったな、と感じます。けれど、優さんは震災のせいで亡くなったという思いは、関連死と認定されなかったとしても、裁判で負けたとしても、変わらなかったと思います」

                                    (陸前高田市 2020年11月14日)

最期の声

 災害関連死と認められたからといって、優さんが戻ってくるわけでも、川澄さんや娘たちの喪失感が埋まり、悲しみが癒やされるわけでもないだろう。

 だが、判決は川澄さん家族の問題だけに止まらない意義を持つ。これから災害関連死を考えていく上で、大きな意味を持つ判決だった、と在間さんは説明する。

「優さんは高血圧という既往症がありました。審査会では既往症があることを主な理由として災害関連死ではないと判断をした。しかし、多かれ少なかれ、人はリスクを抱えて生きています。既往症を抱えながらも、社会生活を送っている人はたくさんいます。川澄さんの裁判の判決次第では、既往症を持つ人は災害関連死に認められなくなる危険性もあったのです」

 いま、既往症や基礎疾患を持つ人が新型コロナに感染すると重症化するリスクがあると周知されている。リスクを持つからこそ、疾患や障害、立場に対する理解と支援が必要なのではないか。

 自然災害の現場では、とくにそうだ。

 災害関連死は、復興のさなかに、あるいは生活再建の途上に、見舞われる不幸である。

 川澄さんは、裁判を通して、災害と夫の死の因果関係を証明した。その判決は記録として残り、これからの被災者や、災害で家族を喪った人たちを守る根拠となる。

 3・11以降、熊本地震、北海道胆振地震、そして豪雨水害と大災害が続いている。災害関連死は、熊本地震で再び注目を集めた。直接死50人に対し、関連死は4倍以上の220人に上ったのである。申請、自治体による認定の差、審査基準……。東日本大震災で浮き彫りになった問題をふまえ、熊本県の各自治体は遺族の対応にあたった。職員が遺族の聞き取りを行って申請を手伝う自治体や、仮設住宅の見守りに力を入れた看護師たちの団体の活動などは、災害関連死に対する問題意識の広まりを感じさせた。

 だが、まだ在間さんが語ったような「ひとつひとつの災害関連死を見直していく作業が、次の災害で命を救う手がかりになる」ところまでには至っていない。

 被災した人の最期の声――。

 在間さんは災害関連死を、たびたびそう表現する。

 災害はリスクを抱える人や、社会的立場の弱い人により大きく長い影響を与える。だが、災害を防ぐのは限界がある。だとしたら、生き残った者たちが〝最期の声〟をくみ取り、次に起こる自然災害の支援や政策に活かし、復興から取り残される人をひとりでも減らしていくべきなのではないか。その取り組みが、私やあなたにとっての大切な人の命を災害から守るかもしれないのだ。法廷での川澄さんの後悔を思い出すたび、そう感じずにいられない。

「あの震災がなかったら、と思うのは、家族にとって当然の気持ちです。それは私だけではありません……」

 そして彼女は言葉を震わせて、一言一言、口にした。

「主人とは27年間、一緒にいたのですが……。いつも一緒だったので……なんでこんなことになってしまったのか……とてもつらかったです……」

『震災学vol.15』(東北学院大学)山川徹「社会の財産とすべき死」より

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